俺らは義満の子 〜将軍空位〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

前回まではこちら⬇️


私、足利義満の娘・智子です。


兄・義持は子の義量殿が亡くなってから将軍職を空位のままにしました。

そして幕府の政務は前将軍の義持が行なっていました。


私「兄上、後継ぎはいかがされるのですか?」

義持「うむ、実はな、先日、石清水八幡宮で籤を引いたのだ。」

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石清水八幡宮です。

コアラ石清水八幡宮は武家からの信仰がある神社なんだ。


義持「籤の結果は男子誕生だったのだ。」

私「おぉ、それはおめでたい結果ですね。」

義持「さらにその日に夜、男子誕生の夢まで見たのだ。これは神の御告げだと思うのだ。」

私「兄上も励まねばなりませんね(笑)」





この時点で義持の後継ぎ候補は多数いました。それは義持の兄弟です。

その中で義持や私と同じ母なのが幼名・春寅、幼くして青蓮院に入り出家した義円も後継ぎ候補の1人です。

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天台宗の寺院の青蓮院です。


義円は1419年には天台座主になり将来を期待されていました。

コアラ義円さんは153世の天台座主なんだ。かつては護良親王さんも天台座主を務めたんだよ。



私は義円に怖いものを感じていました。それは後に表れるようになります。






ともかく、義持は後継ぎ候補がいても男子誕生を期待して将軍職を空位にしたままでした。



平穏な日々が将軍がいなくとも足利家の当主がいれば幕政は進む状況を作ったのかもしれません。







義持は自らの後継ぎだけでなく、称光天皇様の後継者問題も対応していました。


さらに幕府では守護大名らの政争があり、表では平穏でも様々な問題が生まれていました。



その中である守護大名の後継者問題で義持は、また守護大名の力を思い知らされる出来事が起きるのです…。











つづく…
コアラ次回もお楽しみに~バイバイ