俺らは義満の子 〜義持の涙〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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私、足利義満の娘・智子です。



1425年3月、将軍・義量殿死去の報せを受け、私は兄・義持の居館へ急ぎ向かいます。


義持の居館・三条坊門邸は静まり返っていました。


義持は1人で庭にいました。

私「兄上…。」

義持「智子、戻ってきてくれたか…。義量が…死んでしまった。」

私「……兄上!」

義持は私の腕で泣きました。初めて見る兄の涙でした。



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義持です。わしの嫡子、義量が死んでしまった!


コアラ義持さんには他にも子供がいたんだけど、幼い頃に亡くなっていたんだ。唯一の子供だったんだね。



義持は泣き疲れたのか眠ってしまいました。






その間、私は義持の側近・満済殿にお会いしました。


私「満済殿…義量殿の死は…」

満済「将軍就任する前からの病が就任後、さらに悪くなって、治療や祈祷も行なったのですが…その甲斐なく…。」

私「やはりお酒の害が原因ですか?」

満済「はっきりとは言えませぬが、それも原因の1つでしょう。」

私「唯一の嫡男だったのに…。」

満済「しかし、義持様はまだお若い。男子誕生の望みはあります。」



コアラ義持さんはこの時、数えで40歳。正室の日野栄子さんとも仲がいいし、側室もいるし子供が生まれる望みはあるね。




私は義持の泣くほどの落ち込みようが気になっていました。






翌日、私は義持に呼ばれました。

義持「昨日はみっともないところを見せたようで申し訳なかった。」

私「何を言われます。我らは兄妹ではありませぬか。」

義持「そうだな。義量は将軍になっても守護大名らに意見され、将軍らしいことは何もできなかった。」

私「それでお酒に逃げたと?」

義持「うむ。見張らしてはいたが、隠れて飲んでいたようだった。守護大名らの調停は義量には無理であったのだ。わしの責任だ。」

私「兄上、あまりご自分をお責めにならないように。」

義持「この先のことだが……しばらくは将軍は空位のままにしておく。」



将軍の座が空位、義持はどうするつもりなのでしょう…。










つづく…
コアラ次回もお楽しみに~バイバイ