私、足利義満の娘・智子です。
関東の鎌倉公方は足利持氏殿が付いていました。
鎌倉公方を補佐していたのが上杉氏です。
この頃、上杉氏は山内上杉家が嫡流、他に庶家の犬懸上杉家、扇谷上杉家、宅間上杉家に分かれていました。
1411年に関東管領に就任した犬懸上杉家の上杉禅秀殿は若い持氏殿に変わって鎌倉の実権を握る野望を持っていました。
やがて持氏殿と禅秀殿は対立するようになり、持氏殿は禅秀殿の関東管領職を更迭させ、山内上杉家の上杉憲基殿を新たな関東管領に任じました。
対立はついに戦に発展します。
1416年、禅秀殿は反乱を起こしました。
この報せが京に入った時、兄・義持は因幡堂に参詣中でした。
因幡堂
私は急いで義持に伝えました。
私「兄上、関東で戦です。上杉禅秀殿が持氏殿に反乱を起こしました。」
義持「なんと!対立は以前から聞いてはいたが、ついに戦になったか。」
私「今、諸大名が集まっています。兄上もすぐお戻りを!」
義持が夜に幕府に戻り軍議を行いました。
幕府として持氏殿を幕府管轄地の駿河に退かせることに決めます。
さらにその後、幕府は持氏殿救援を決め兵を送りました。
その頃、間者の小百合から驚くべき報せが入りました。
それは…異母兄の義嗣が禅秀殿と呼応しているというものでした…。
つづく…

