私、足利義満の娘・智子です。
1415年4月、私は死にました。
…本当に私自身が死んだわけではありません。三時知恩寺の僧としての私が死んだのです。
私は兄・義持の影として動くため、三時知恩寺の僧の立場を捨てたのです。
ここまで悩んでいた私に間者の小百合は言いました。
小百合「智子様、今の立場を捨て義持様の影になるには死ぬしかありません。」
私「…しかし、どうやって?」
小百合「私にお任せください。」
小百合はこの時期に亡くなった女性の遺体を私の姿に似せ、私が亡くなったことにしたのです。
私はその方の供養を行い、私の代わりになってもらったことを詫びました。
こうして私は入江殿聖仙ではなく、流浪の僧になったのです。
私が亡くなったと聞いた義持の前に私は会いに行きました。
義持「智子!!!そなたは死んだのでは…。」
私「兄上、三時知恩寺の僧の私は死にました。これからは兄上の影として流浪の僧になって生きていきます。」
義持「なぜ、そのようなことを…」
私「兄上は将軍、暗殺などなさってはいけません。今後は影となった私にお任せくださりませ。」
義持「わしのために…智子、すまぬ。」
1415年には称光天皇様の即位に不服の北畠満雅殿が反乱を起こしました。
幕府は軍勢を送りましたが手こずり、後亀山上皇様の仲介で和解しました。
ところで鎌倉では足利満兼殿が亡くなった後、鎌倉公方を継いだのが満兼殿の子、足利持氏殿です。
この持氏殿が今後、義持を困らす存在になっていくのです…。
つづく…
