私、足利義満の娘・智子です。
兄・義持は父の招きで北山第に行きました。
北山弟では世阿弥殿の猿楽が披露されていました。
父は猿楽に夢中でしたが義持は興味を示さず父に詰め寄ります。
義持「父上は康子様を准母に立て、この先どのようにされるおつもりですか?」
父「このような時に!…まぁよい。話してやろう。足利家は将軍家でありながら守護大名に気を使っておった。」
父「わしは守護大名の力を削ぎ、将軍家の力を抜きん出るものにした。次にわしやそなたの官位を上げ摂関家を抜き公家社会でも頂点に立った。」
義持「はい、私の官位が上がったのも父上のおかげです。」
父「わしは出家し寺社勢力でも地位を上げた。智子や春寅らを寺社に入れたのもその1つだ。」
義持「もう充分ではありませぬか?」
父「わしは明より日本国王と呼ばれる身だ。目指すものは…まだある。」
義持「…まさか帝の地位⁈」
父「義持、そなたの将軍としての地位を上げるだけ上げた。この先はもう1つの駒を使うぞ。」
義持「もう1つの駒⁈」
父「これ以上はまだ言わぬ。さぁ酒を飲め、猿楽を見ようぞ!」
この時、義持は父の奥底から怖いものを感じたのです。
そして父は行動に出ました。
1408年、父は梶井門跡に入っていた鶴若丸を還俗させ北山第で住むことになりました。
その後、鶴若丸は元服前にもかかわらず、従五位下に叙せられます。
その年の3月、後小松天皇様が北山第に行幸され鶴若丸は天盃を授かりました。
そして…4月、鶴若丸は元服し義嗣となりますが、元服した場所は宮中でした…。
つづく…

