私、足利義満の娘・智子です。
父と兄・義持は東寺に陣を敷くと諸大名が馳せ参じてきました。
対する大内義弘殿は堺に城を築き5,000余の軍勢で立て籠もります。
幕府軍は30,000もの軍勢で堺を包囲しました。
数では幕府軍に及ばない大内勢は籠城と攻撃を繰り返し善戦していました。
父「いつまでも時間をかけてはならん。鎌倉の満兼が来たら厄介だ。」
義持「父上、いかがなされます?」
父上「…! 火攻めじゃ!明日の朝より火をかけよ!諸大名に命ず、火攻めじゃ!」
幕府軍は早朝より火を放ち、城内に攻めました。
善戦していた大内勢は崩れ、幕府軍の兵に取り囲まれた大内義弘殿は、
「我は天下無双の大内義弘だ!この首、討ち取って将軍に見せよ!」
と言い放ち討死しました。
こうして堺は落城し、父は勝利しました。
兄・義持はこの戦での父の力に感じ入るものがあったようです。
父「義持、大変な戦であった。大内義弘、見事な最期であったな。」
義持「父上の判断、義持感服致しました。」
父「よいか、大将の判断ひとつで状況は変わるのじゃ。鎌倉の満兼を見よ。わしに兵を向けたこと、今頃後悔しているであろう。」
この大内義弘との戦を「応永の乱」っていうんだよ。
これで父は有力守護大名の力を削り落とすことを完成させました。
父の目標はこれで達成されたわけではありません。
さらなる望みは1401年に叶うことになりました…。
つづく…
