私、足利義満の娘・智子です。
1394年、元服した兄・義持は征夷大将軍に任じられました。
さらに正五位下の位になりました。
朝廷は父が初めて官位についた時と同じ従五位下に叙そうとしましたが、父が不満を示したため、正五位下になったそうです。
やはり父の権力の大きさを物語る事でした。
さらに義持の官位はどんどん上がっていきます。
1395年、従四位。
1396年、正四位下。
1397年、従三位。
1398年、正三位。
1400年、従二位。
1402年、正二位から従一位まで上がりました。
こんな急速な昇進は父の意向によるものです。
父は1394年に将軍職を辞した後、翌年には出家して道義と号しました。
さて1397年、父と母・藤原慶子との間に女の子が生まれました。
それが私です。
母は初めての女の子を生み、とても喜んでいたようです。
父も喜び可愛がってくれました。
同じ1397年、父は公家の西園寺様から京の北山の北山弟を譲り受け、そこに山荘を造営しました。
これが鹿苑寺です。
父は公私ともに乗っていました。
しかし1399年、悲しい出来事が起きました…。
つづく…

