俺らは義満の子 〜父の隠居〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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私、足利義満の娘・智子です。

1394年、私の母・藤原慶子は父との間に新たに男子を生みました。

幼名を春寅、のちに今回のもう1人の主人公となる足利義教です。

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幼い頃は春寅、後の義教じゃ。わしの活躍はまだまだ先じゃ。

コアラこの春寅くん、後にとんでもない人物になるけど…まぁそれはまだまだ先だね。


兄の春王の誕生から8年空いていますが、父は母に愛情を持っていたようで私もホッとします。






同じ年にもう1人、父の御子が生まれています。

母親は幕府の評定衆の1人、摂津能秀殿の娘の春日局です。

コアラ春日局って江戸時代初期の春日局とは別人だよ。念のため。

私から見たら異母兄ですが、その御子が後の足利義嗣です。

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私が義嗣です。

義嗣は兄・春王を悩ませることになりますが、それも後のことです。



男子が次々と誕生した父でしたが、嫡男以外は全て出家させていました。

春寅も義嗣も幼少の頃に仏門に入っています。







そして、1394年の暮れに父は春王に重大なことを告げました。

父「春王、そなたは何歳になった?」

春王「はい、9歳になりました。」

父「うむ。そなたは立派なわしの後継ぎにだ。もう元服だな。」

春王「父上、ありがとうございます。」

父「元服した後は義持と名乗るがよい。」

コアラ二代将軍・義詮さん以降、足利将軍家はがつく名前が代々続くね。

父「さらに義持、そなたに征夷大将軍を譲るぞ。」

春王改め義持「なんと!まだ私には荷が重過ぎると思いますが…それに父上はまだお若いではごさいませぬか。」

父「心配致すな。わしは隠居するがそなたの後ろにはわしがついておる。わしが元気な内にそなたを立派な将軍にしてみせよう。」



父は義持に征夷大将軍を譲りましたが、権力を持った父が全てを義持に譲ったわけではありませんでした。



父は自由な立場で動きたかったのです。



なにわともあれ、兄・義持は室町幕府第四代目の将軍となりました…。











つづく…
コアラ次回をお楽しみに~バイバイ