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外伝「私の夫は優柔不断」~その後①~
でも義満さんが後を継いだのは、まだ9歳。政務を仕切るには幼少だね~。
ヘェ~南北朝が1つになるところで終わりじゃないんだね。義詮さんは「太平記」に出てる期間、長かったんだね。
義詮さんの時代から将軍といえども有力な守護大名に逆らえないことがあったんだ。義満さんも自分を支えてくれた頼之さんを離したくはなかっただろうね。
やっと分裂していた朝廷が1つに戻ったね。この時に南朝と北朝で結ばれた協定を「明徳の和約」って言うんだよ。
詳しく話すと、深い話になってキリがないのでここで終わるね。もしかしたら次回作で義満さんの時代…出るかも~。ねっ!えいたろう!
登子の子で2代将軍・義詮が亡くなり、後を継いだのは登子の孫・義満でした。
しかし、義詮は義満の補佐役として細川頼之を付けました。
古典『太平記』は、この部分で終わりになってます。
この後、細川頼之が幕政を仕切り、義満は頼之から学ぶことが多かったでしょう。
また九州は幕府から新たに派遣された今川貞世、大内義弘により南朝方を弱体化させました。
しかし、頼之は対立する守護大名らにより失脚します。
この後、義満は将軍の権力を強め、有力守護大名の力を削っていきました。
守護大名を挑発し乱が起きたところで討伐しました。
それが「土岐康行の乱」、「明徳の乱」、「応永の乱」です。
そして1392年、南朝と北朝が合一し58年に及ぶ南北朝時代は終わりました。
義満が鹿苑寺金閣を代表とする山荘を建てた文化は北山文化と呼ばれました。
以上が「私の夫は優柔不断」のその後です。


