外伝「私の夫は優柔不断」〜その後②〜 | 歴史を感じよう

歴史を感じよう

日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

足利尊氏の妻・登子の死をもって終了した「私の夫は優柔不断」のその後です。その②です。


前回はこちら⬇️
外伝「私の夫は優柔不断」~その後①~

登子の子で2代将軍・義詮が亡くなり、後を継いだのは登子の孫・義満でした。

コアラでも義満さんが後を継いだのは、まだ9歳。政務を仕切るには幼少だね~。

しかし、義詮は義満の補佐役として細川頼之を付けました。

古典『太平記』は、この部分で終わりになってます。

コアラヘェ~南北朝が1つになるところで終わりじゃないんだね。義詮さんは「太平記」に出てる期間、長かったんだね。


この後、細川頼之が幕政を仕切り、義満は頼之から学ぶことが多かったでしょう。

また九州は幕府から新たに派遣された今川貞世、大内義弘により南朝方を弱体化させました。

{DF79F97D-23B6-4DC6-B1FA-FA25E2FE3157}
今川貞世です。後に出家して了俊と名乗りますよ。


しかし、頼之は対立する守護大名らにより失脚します。

コアラ義詮さんの時代から将軍といえども有力な守護大名に逆らえないことがあったんだ。義満さんも自分を支えてくれた頼之さんを離したくはなかっただろうね。


この後、義満は将軍の権力を強め、有力守護大名の力を削っていきました。

守護大名を挑発し乱が起きたところで討伐しました。

それが「土岐康行の乱」、「明徳の乱」、「応永の乱」です。


そして1392年、南朝と北朝が合一し58年に及ぶ南北朝時代は終わりました。

コアラやっと分裂していた朝廷が1つに戻ったね。この時に南朝と北朝で結ばれた協定を「明徳の和約」って言うんだよ。


{A181545E-519D-4F69-BE3C-D4682B21B1CA}
義満です。これでおばば様(登子)の望んだ良き世ができたかな。


義満が鹿苑寺金閣を代表とする山荘を建てた文化は北山文化と呼ばれました。

{DAD4A06F-A5A8-49C0-A44D-F0E84AB3E95B}
いわゆる金閣寺ですね。



以上が「私の夫は優柔不断」のその後です。

コアラ詳しく話すと、深い話になってキリがないのでここで終わるね。もしかしたら次回作で義満さんの時代…出るかも~。ねっ!えいたろう!