私、足利尊氏の妻・登子です。
1357年、とても嬉しいことがありました。
義詮の側室・紀良子殿が懐妊したのです。義詮は長男が生まれましたが僅か5歳で亡くなっていたので、その喜びはひとしおです。
年が明け1358年、夫は私に間者の信に会いました。これは夫から会いたいとの願いでした。
夫「そなたが茜に代わり新しい間者の信だな。」
信「はい。お会いできて光栄です。」
夫「もっとここへ来い。」
信は夫の近くに寄ります。すると夫は太刀を差し出しました。
夫「この太刀は楠木正成殿と戦った時の太刀。これをそなたに譲る。」
信「そのような太刀を…なぜ私に?」
夫「譲りたいのだ。この先、登子の守りを頼むぞ。そして生まれてくる義詮の子の守りも。」
そう言うと夫は信の肩に手をやり、
夫「長い間すまなかった…直冬…。」
信「………父上。」
夫はわかっていたのです。信は直冬であったことを。
そして1358年桜の季節になりました。
私は夫と庭に咲く桜を見ています。
夫「登子、わしには良い世が作れなかった。わしはこの桜のように綺麗な世にしたかった。」
私「何を申しますか、充分ですよ。この先は義詮や基氏が引き継ぎます。」
夫「登子がわしに嫁いで30年。今までよくわしを支えてくれた。礼を申す。」
私「礼など…しかし戦続きでようやく登子のもとへ帰ってきてくれて嬉しゅうございますよ。」
夫「登子と出会った頃を思い出すの。」
私「あれは流鏑馬の時でしたね。殿は勇ましく見事でした。」
夫「…そうであったか…。」
夫は私にもたれかかり、
夫「……登子、ありがとう…。」
そして夫は逝ってしまいました。享年54歳でした…。
つづく…
