私、足利尊氏の妻・登子です。
1353年、京に夫が帰ってきた後、娘の頼子が病に罹ってしまいました。
私は医師を呼び、陰陽師も呼び、何としても回復するように努めました。
夫は時の仏教界の最高権威者を集め病気平癒の祈祷をさせます。
夫も私も頼子の枕元で祈っていました。
頼子「父上…母上…。」
私「頼子、頑張るのです。病魔になど母が追い出しますよ。」
夫「頼子…。」
夫は頼子の手を握りしめ、一心に祈っていました。
頼子「私は幸せですね。こうして父上、母上と一緒ですもの…。」
私「でも頼子を置いて、あちこちに行ってごめんね。」
頼子「いいえ、父上も母上も良い世を作るために働いているのですから。」
夫「頼子、これからはずっと一緒だぞ。」
この間も祈祷は続いています。
しかし、1ヶ月後…頼子は逝ってしまいました。
まだ10代の若さで…。
夫は自らを責めていました。
夫「わしの所業が頼子の身に災うとは…。」
私「…殿のせいではありません。頼子も願っているのです、殿が良い世を作ることを。」
夫も私も泣き疲れるまで泣きました。
翌1354年、直冬が動き出しました。
直冬は南朝方に帰服し、石見国や長門国で勢力を保って直義殿の旧勢力であった桃井直常殿、大内弘世殿、山名時氏殿らが味方に付きました。
そして直冬は京へ向け進軍してきました。
夫は体調が優れない状態ながら出陣します。
「直冬を倒さねば!良い世を作るために!」
つづく…
