私の夫は優柔不断 〜奮戦する義詮〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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私、足利尊氏の妻・登子です。


1352年、夫は鎌倉で和睦を破った南朝方を鎮圧していた頃、義詮は京で戦っていました。


私は鎌倉から丹波国に避難するため向かっていましたが、その途中に京が南朝方に攻められたとの報せが入りました。


南朝方の北畠親房様、楠木正儀殿らが義詮を京から追い払い占領しました。

コアラ北畠親房さんって亡き北畠顕家さんのお父さん、楠木正儀さんは亡き楠木正成さんの子だね。この時期、親房さんが南朝方を指揮していたんだよ。

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私が北畠親房です。17年ぶりに京へ帰ってきましたぞ。北朝の者共を連れ去れ!


北畠親房様は北朝の光厳、光明、崇光の3人の上皇様を賀名生へ移します。



私は近江国で京から逃れていた義詮に会うことができました。

義詮「母上、上皇様らを南朝方に連れて行かれ…申し訳ございません。」

私「まずは京を取り戻せねばなりません。」

そこへ花を腰に差した男が入ってきました。

佐々木道誉様です。

道誉「御台様、ご心配はご無用です。義詮殿には細川顕氏、赤松、土岐そして、わしがいます。」

私「おぉ、佐々木様。頼みまするぞ。」

義詮「父上が鎌倉より戻る前に南朝方を京から追い払い奪還しますぞ。」


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佐々木道誉じゃ!義詮殿を補佐し京は我らが奪還するのじゃ!


その言葉のとおり、義詮らは南朝方を追い払い、京を奪還しました。


義詮は北朝を立て直そうとしましたが、光厳、光明、崇光の3人の上皇様が賀名生に連れ去られた状況でした。

コアラう~ん、天皇さん、上皇さんがいないと政治的によくない状況だね。北朝の危機だよ。


私は丹波国より京へ戻っていました。

その頃、佐々木道誉様が苦悩する義詮を補佐していました。

道誉「上皇様がいないが、光厳上皇様の皇子・弥仁親王様がいらっしゃいます。」

義詮「弥仁親王…崇光上皇様の弟でもあるな。よし弥仁親王様に即位して頂こう。」

そして誕生したのが後光厳天皇様です。


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後光厳天皇です。混乱の中、即位しました。



混乱する京でしたが義詮はなんとか北朝を立て直しました。





そして…翌1353年に夫が京へ帰ってきました。











つづく…
コアラ次回をお楽しみに~バイバイ