私、足利尊氏の妻・登子です。
1352年、夫は鎌倉で和睦を破った南朝方を鎮圧していた頃、義詮は京で戦っていました。
私は鎌倉から丹波国に避難するため向かっていましたが、その途中に京が南朝方に攻められたとの報せが入りました。
南朝方の北畠親房様、楠木正儀殿らが義詮を京から追い払い占領しました。
北畠親房様は北朝の光厳、光明、崇光の3人の上皇様を賀名生へ移します。
私は近江国で京から逃れていた義詮に会うことができました。
義詮「母上、上皇様らを南朝方に連れて行かれ…申し訳ございません。」
私「まずは京を取り戻せねばなりません。」
そこへ花を腰に差した男が入ってきました。
佐々木道誉様です。
道誉「御台様、ご心配はご無用です。義詮殿には細川顕氏、赤松、土岐そして、わしがいます。」
私「おぉ、佐々木様。頼みまするぞ。」
義詮「父上が鎌倉より戻る前に南朝方を京から追い払い奪還しますぞ。」
その言葉のとおり、義詮らは南朝方を追い払い、京を奪還しました。
義詮は北朝を立て直そうとしましたが、光厳、光明、崇光の3人の上皇様が賀名生に連れ去られた状況でした。
私は丹波国より京へ戻っていました。
その頃、佐々木道誉様が苦悩する義詮を補佐していました。
道誉「上皇様がいないが、光厳上皇様の皇子・弥仁親王様がいらっしゃいます。」
義詮「弥仁親王…崇光上皇様の弟でもあるな。よし弥仁親王様に即位して頂こう。」
そして誕生したのが後光厳天皇様です。
混乱する京でしたが義詮はなんとか北朝を立て直しました。
そして…翌1353年に夫が京へ帰ってきました。
つづく…


