私、足利尊氏の妻・登子です。
夫は今まで敵対していた南朝方と和睦交渉をします。
南朝方と直義殿との関係を完全に断ち切り、直義派を討つためでした。
実際の和睦交渉は義詮に任せた夫は鎌倉にいる直義殿を討つため出陣します。
夫「義詮、京のことは頼んだぞ。」
義詮「はっ。」
私「殿、この登子も鎌倉へ連れていって下さりませ。」
夫「なんと⁈ 戦だぞ!」
義詮「母上!危のうございます。」
私「ぜひ直義殿にお会いしたいのです。殿の足手まといにはなりませんから。」
夫「ふっ!しょうがないな。またわしは登子に尻を叩かれるかな。」(笑)
私は夫の直義殿に対する決断を最後まで見たかったのです。
夫は東海道を進みます。対する直義殿の軍勢も鎌倉を出陣しました。
そして駿河国薩埵山(静岡県静岡市清水)、相模早川尻(神奈川県小田原市)で合戦となり夫は直義軍を打ち破りました。
年が明け1352年、ついに夫は鎌倉に入り直義殿は捕らえられました。
直義殿は延福寺に幽閉されます。
夫は直義殿に京へ帰るように言いましたが…
直義「幕府をわしに返してくれるのなら帰ります。幕府を作ったのはわしだ!」
夫「直義…おまえは誤った政をした。たがら武士はついてこなかったではないか!戦になぜ負けたか、わからぬのか!」
直義「去年、師直を討った時に兄上から将軍職を奪っておけばよかった…。あの戦の論功行賞の場の兄上に負けなければ!」
やはりあの場で私が尻を叩いた夫は強かったのです。
直義殿は京へ帰ることを承知しませんでした。
夫は非情な判断を迫られていました。
また直義殿も覚悟を決めていたようです…。
つづく…
