私の夫は優柔不断 〜ばさらな師直〜 | 歴史を感じよう

歴史を感じよう

日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

前回まではこちら⬇️



私、足利尊氏の妻・登子です。


高師直は夫を補佐し、よく働いてくれました。

夫が征夷大将軍になると執事として絶大な権勢を振るいます。

コアラ師直さんの高一族で多くの領地の守護職を占めたんだよね。でも戦で活躍して功を上げたからなんだけどね。

しかし、師直の言動や行動は夫を困らせました。

師直は天皇様の権威を重んじていないようで、

「天皇や上皇など必要なら金や木彫りで作って、生きてるのは流せ」

などと発言したり、神仏を恐れない人物でした。


また、佐々木道誉様と同じ一族の塩冶高貞様の妻に横恋慕しました。

そこで吉田兼好様に恋文を書かせ送ります。

コアラ!!吉田兼好さんって「徒然草」を書いた日本を代表する随筆家だよ。師直さん、恋文くらい自分で書きなよ~。


{D6E1B628-6D1D-498C-BAAF-01C61543E1E1:01}
高貞様の妻の入浴を覗く師直


しかし、高貞様の妻は拒絶します。師直は激怒し、力づくで手に入れようと高貞様に謀反の罪を着せ、高貞様の一族は討伐されました。

師直の目的だった高貞様の妻も自害します。


これには夫は激怒し、師直を厳しく叱りつけました。


コアラムカムカそりゃ尊氏さん怒るよ!とんでもないことするね、師直さんって!



さて南朝方では巻き返しの機会を狙っていました。

亡き後醍醐天皇様は地方に自らの皇子を派遣していました。
そのうちの1つ、九州に派遣した懷良親王様が四国を経て、1341年、九州の薩摩に上陸しました。

この懷良親王様が後に足利にとって脅威になってきます。


そして、もう1人、ある武将が動き出しました。

その武将は亡き楠木正成様の子、楠木正行殿でした。










つづく…
コアラ次回をお楽しみに~バイバイ