私の夫は優柔不断 〜顕家、快進撃〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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私、足利尊氏の妻・登子です。

1337年、奥州の北畠顕家様が後醍醐天皇様の命を受け京奪還の為、奥州を出発しました。

奥州の兵を集めた北畠軍は年末に関東へ入り、利根川や安保川で関東の足利勢を破り鎌倉を攻撃します。

鎌倉には間者のを行かせていましたが、私は報せを不安を持ちながら待つしかありません。

年が明けた1338年、茜が戻ってきました。

私「茜!鎌倉は、千寿王はどうなりましたか⁈」

茜「鎌倉の足利勢は破れました。千寿王様はご無事です。上杉様、桃井様らに守られ房総に脱出しております。」

私「そうですか…」

私は千寿王の無事がわかり一安心しました。
そこへ夫が入ってきます。

夫「茜!北畠の進路はどうだ?」

茜「はい。北畠軍は参じてくる兵を加え大軍になっております。」

コアラ軍記物語「太平記」では北畠軍の兵は50万を超えたとあるんだ。これはかなり誇張した数だね。
でも北畠軍が大軍なのは変わりないね。

夫「勢力を盛り返した北陸の新田に気をとられ過ぎた。しかし北畠がこんなに凄い勢いとは!」

夫は守護大名らの軍勢を組織し対抗します。

鎌倉を出発した北畠軍と足利軍は美濃国青野原(岐阜県大垣市)で激突しました。

この戦いで足利軍は破れ、総大将であった土岐頼遠殿は一時行方不明となるほどです。

コアラこの青野原での合戦を「青野原の戦い」って呼ぶんだ。顕家さん凄い勢いだね。


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北畠顕家です。もう少しで京だぞ。


しかし、北畠軍は「青野原の戦い」で兵力の減少や疲弊で一旦京攻略を諦め伊勢へ後退しました。


この後退で夫は軍勢の立て直しを行う時間を得ました…







つづく…
コアラ次回をお楽しみに~バイバイ