私、足利尊氏の妻・登子です。
1336年、九州から東へ上る夫の足利軍とそれを迎え討つ新田、楠木軍は摂津国湊川で激突しました。
私は丹波国で間者の茜からの報せを待ちました。
そして、
茜「御台様、ただいま戻りました。」
私「茜!戦は、殿はご無事ですか?足利は?」
茜「殿はご無事でございます。足利は湊川で新田、楠木軍に勝ち、さらに京へ向け進軍しております。」
私「勝ちましたか。…楠木正成様はいかがなりました?」
茜「…楠木正成様は自害されました。」
足利軍は陸を進む軍勢と海路を進む船団の軍勢で進みました。
新田軍は足利の船団に惑わされ、東へ走り、結果、楠木軍は戦地に孤立してしまいます。
正成様は懸命に戦いましたが、兵力は如何ともし難く楠木軍は壊滅。
正成様は弟の正季様ら一族とともに自害されました。
夫は正成様の首を河内国の遺族のもとへ送り届けたそうです。
夫としては正成様の死は複雑な思いだったのでしょう。
新田義貞様は西宮から引き返し足利軍と戦いましたが、敗北し京へ退却しました。
京の後醍醐天皇様方は蜂の巣を突いたような大騒ぎとなり、比叡山へ逃れました。
夫は光厳上皇様を奉じて京に入りました…
つづく…

