私、足利尊氏の妻・登子です。
夫は再起を図り九州へ落ちて行きましたが、私は丹波国の山奥で心配する日々を過ごしていました。
夫は九州に入った後、肥前国の少弐頼尚様に迎えられました。
一方、後醍醐天皇様の宮方は菊池氏をはじめとする2万もの軍勢でした。
その2万もの軍勢と足利方2千の軍勢とが筑前国多々良浜(福岡市東区)合戦となりました。
なんと!夫の軍勢はこれに勝ったのです。宮方の軍勢の中には足利に同調するものが多く、それらがことごとく足利方に寝返り、夫は勝つことができました。
夫は軍勢を整え、再び京へ向かって進軍を始めました。
その途中、夫はついに光厳上皇様から「新田義貞を討て」との院宣を得たのです。
後醍醐天皇様は新田義貞様を足利討伐で九州方面へ向かわせましたが、途中、播磨国の赤松円心様の抵抗に遭いました。
夫は九州で大軍に勝ち、味方を得て、さらに院宣も獲得し…
私は全てが夫に味方しているように思えました。
しかし、私には心配なことがありました。
それは後醍醐天皇様方には楠木正成様がいるということです…。
つづく…

