私の夫は優柔不断 〜足利攻勢〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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私、足利尊氏の妻・登子です。

後醍醐天皇様の命で攻めてきた新田軍に敗退し続けていた足利軍に、ついに夫が参戦しました。

これで足利軍の士気は一気に上がりました。散らばっていた兵が夫の出陣を聞き再び集まってきました。


足利軍が優勢になるにつれ、新田軍から足利軍へ寝返るものが出てきました。

さらに一度は新田軍へ寝返った佐々木道誉様も、

「尊氏殿が出陣したからには我らは足利に付く!」

と再び足利軍へ寝返りました。


コアラ!この戦いは「箱根竹ノ下の戦い」で足利さんは勝ち、伊豆国府を奪回したんだよ。尊氏さんの存在は凄いね。


形勢が不利となった新田軍は京方面へ退却し始めました。

私は夫の出陣で兵が集まって足利軍が攻勢に出たことを聞き夫の凄さを再確認した気がしました。



この頃、諸国で後醍醐天皇様の新政に不満を持っていた武家が反乱を起こしました。

その中には元弘の戦の恩賞に不満で播磨に引きこもっていた赤松円心様もいました。


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赤松円心です。帝からはろくな恩賞しかもらえなかったが、やはり武家は武家の棟梁・足利殿に付くべきだ!


私や千寿王は京へ向かう足利軍に守られて夫と一緒にいました。

夫「登子、わしは京に入るが、そなたらは他の地へ避難いたせ。」

私「どこへ避難すればいいのですか?」

夫「丹波国じゃ。」

私「わかりました。京が落ち着いたら我らも入れるのですね?」

夫「うむ…しかし、わしは朝敵になっておる。これを何とかせねばならん。今、持明院統の光厳上皇に連絡を取っておるのだ。」

コアラ朝廷は二つに分かれていたね。後醍醐天皇さんは大覚寺統、もう一つが持明院統。上皇っていうのは天皇を辞めたあとにつく称号だね。

どうやら夫は光厳上皇様側に付こうとしていたのです。


その後、夫率いる足利軍は京へ入りました。

後醍醐天皇様は比叡山で逃げてしまいました。



喜ぶのも束の間、京を目指す軍勢がいました。

奥州から神風のごとく現れた北畠顕家様の軍勢です…。








つづく…
コアラ次回をお楽しみに~バイバイ