私の夫は優柔不断 〜敵は足利〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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私、足利高氏の妻・登子です。

鎌倉の幕府が滅び、後醍醐天皇様が帰京され天皇様による御新政が始まりました。

後醍醐天皇様は自らが政治を行いました。

コアラ関白や摂政の位を置かず天皇さんが自らが行う政治を天皇親政っていうんだよね。

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朕が政治を行うぞ!関白も摂政もいらん!

先の戦の恩賞を求めて京に集まるものが多い中、後醍醐天皇様の皇子・護良親王様は上洛しませんでした。

それどころか兵を集めているとの噂が流れてきます。

後醍醐天皇様は使いを護良親王様が籠る信貴山(奈良県)に送りました。

使い「戦の時は終わり帝が行う御新政が始まりました。帝は親王様には元の出家の姿に戻るようにと申しております。」

コアラ護良親王さんは鎌倉幕府との戦の前には出家していたんだね。

護良親王「ふっ!馬鹿な!戦は終わってはおらん。既に次の北条が生まれているではないか⁈」

使い「次の北条?どなたのことですか?」

護良親王「足利高氏のことだ!足利の元に武士達が集まっているし、勝手に京で治安維持と称して仕切っているではないか!」

使い「足利殿…」

護良親王「足利を誅するなら上洛もするし出家もしよう」


なんと、護良親王様は足利を危険視していたのです。


夫は治安維持と戦で荒れた京を復旧しようと努めているのに危険視するとは…。


後醍醐天皇様はこれを聞き、

後醍醐天皇「護良にも困ったものだ。足利を誅することはできない…しかし護良をあのままにしてはおけん…。」

後醍醐天皇様は悩みます。

そして後醍醐天皇様は護良親王様を征夷大将軍に任じられました。




つづく…
コアラ次回をお楽しみに~バイバイ