私の夫は優柔不断 〜隠岐脱出〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

前回まではこちら⬇️


私、足利高氏の妻・登子です。

1333年、後醍醐天皇様が配流されていた隠岐島から脱出しました。

脱出を手助けした伯耆国の豪族・名和長年様で、後醍醐天皇は名和様の船上山に入りました。

コアラついに後醍醐天皇さんが動いたね。後醍醐天皇さんは船上山から討幕の綸旨を発したんだね。


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名和長年は船上山に後醍醐天皇の行宮を作りました。

さらに播磨国では赤松円心様が挙兵して幕府軍と戦っていました。

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ワシが赤松円心じゃ!



コアラ!オイラたちの住む愛媛でも後醍醐天皇方の武士が幕府軍との戦いがあったよね。
今年の9月にブログにアップした記事がこちら⬇️


後醍醐天皇様の隠岐島脱出の報に鎌倉の幕府は蜂の巣を突いたような大騒ぎになりました。


私は不安になりました。

夫はこれを予想し待っていたのではと思いました。

この頃、夫は病いで伏せっていました。

しかし、夫は密かに執事の高師直や弟の直義殿といろいろと相談をしていたようです。

コアラ確かに、この大事な時に寝込んでる場合ではないよね。高氏さん、仮病かな?


北条得宗家の北条高時様は、

「先に送った軍勢は何をしてんだ⁈軍勢が足りなぬなら新たな大軍を西国へ送れ!」

と指示を出しました。


その新たな大軍に足利氏も入っていたのです…。




つづく…。
コアラ次回をお楽しみに~バイバイ