私の夫は優柔不断 〜戻ってきた夫〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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私、足利高氏の妻・登子です。

笠置山の戦いで敗れた後醍醐天皇様は幕府軍に捕らえられ隠岐島に配流されました。


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隠岐諸島

コアラガーン隠岐島に配流された人って過去にもいっぱいいるね。「承久の乱」で敗れた後鳥羽院とか。


夫は他の大将軍を置いて、さっさと鎌倉へ戻ってきました。

「登子、無事帰ってきたぞ。」

夫の言葉どおり、足利軍は無傷で戻ってきたのです。


戻ってきて夫は子の千寿王後の足利義詮)を可愛がってくれました。

まるで我が子と遊ぶのが最後のこどくのように私は見えました。

この頃の夫は何かに迷っているようで、私には夫の心がわかりませんでした。


討幕に参加した公家は罰せられ乱は鎮圧されたかに見えました…。




1332年、潜伏していた後醍醐天皇様の子・護良親王様、そして楠木正成様が動き出しました。

護良親王様は吉野で挙兵し「幕府を討て」との令旨を発しました。


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護良!出陣!


コアラ令旨って親王さんが出す命令の文書。天皇さんが出すのは宣旨・綸旨。天皇さんを譲位した上皇さんが出すのは院宣。出す人の位で呼び方が変わるとは、う~ん、ややこしいね。

楠木正成様は河内国の金剛山の千早城で挙兵、幕府に落とされ占領されていた赤坂城を奪回しました。


西国・京周辺はまた騒がしくなりました。


北条氏は一門の軍を西国へ派遣しました。

これが2度と鎌倉へ戻ることのない旅になろうとは…。






つづく…
コアラ次回をお楽しみに~バイバイ