私、足利高氏の妻・登子です。
笠置山の戦いで敗れた後醍醐天皇様は幕府軍に捕らえられ隠岐島に配流されました。
夫は他の大将軍を置いて、さっさと鎌倉へ戻ってきました。
「登子、無事帰ってきたぞ。」
夫の言葉どおり、足利軍は無傷で戻ってきたのです。
戻ってきて夫は子の千寿王(後の足利義詮)を可愛がってくれました。
まるで我が子と遊ぶのが最後のこどくのように私は見えました。
この頃の夫は何かに迷っているようで、私には夫の心がわかりませんでした。
討幕に参加した公家は罰せられ乱は鎮圧されたかに見えました…。
1332年、潜伏していた後醍醐天皇様の子・護良親王様、そして楠木正成様が動き出しました。
護良親王様は吉野で挙兵し「幕府を討て」との令旨を発しました。
楠木正成様は河内国の金剛山の千早城で挙兵、幕府に落とされ占領されていた赤坂城を奪回しました。
西国・京周辺はまた騒がしくなりました。
北条氏は一門の軍を西国へ派遣しました。
これが2度と鎌倉へ戻ることのない旅になろうとは…。
つづく…

