私、足利高氏の妻・登子です。
1331年、後醍醐天皇様に呼応して河内国で挙兵したのが楠木正成様でした。
正成様は河内国の赤坂城に立て籠もり幕府軍に抵抗しました。
この時、正成様の軍はわずか500、かたや幕府軍は20万を超える兵数です。
幕府軍には夫が率いる足利軍もいました。
しかし幕府軍は苦戦します。
赤坂城は城といっても山を切り崩し、断崖の上に櫓を組んだ粗末なものでした。
楠木軍は城壁を登ってきた幕府軍を引きつけて…!、大木や岩を落としたり熱湯をかけたりしました。
あちこちから崖より落ちていく幕府軍の兵の叫びが響きます。
「岩がぁ~落ちてきたぁ~!」
「あっ!あち!あち!熱いって!」
「おのれ、楠木…うわぁぁ~!」
平地での騎馬戦を得意とする坂東武士の幕府軍は大苦戦。
夫はこのような戦い方を初めて見たそうです。
「わずかな兵なのに…」
幕府軍は力攻めを止め、兵糧攻めに切り替えました。
兵糧攻めには楠木軍も困りました。
楠木軍は赤坂城に火をかけて、正成様は自害しました…。
しかし、自害は見せかけで正成様は逃亡したのです。
こうして赤坂城は落ちました。
この戦いで夫はさしたる活躍はなかったようですが、後に聞いた話によると
「楠木殿は逃げたのか?無事であればよいが…」
と思ったそうです。
夫の足利軍は他の軍より先に鎌倉へ戻ってきました…。
つづく…。
