私、足利高氏の妻・登子です。
1331年後醍醐天皇様は笠置山にて討幕の兵を挙げました。
夫が率いる足利軍も鎌倉を出陣しました。
しかし、夫は乗り気ではなかったのか、足利軍の進軍する速度はゆっくりでした。
鎌倉を出陣する前に夫は心配する私に、
「わしは笠置山を見に行くだけだ。登子、大事ない。」
と言い残しました。
笠置山では、天皇側が3,000の兵を集めていました。
対して幕府軍は75,000の兵。
戦力で不利な天皇側でしたが笠置山は天然の要害で善戦します。
その頃、京では新たな天皇が即位しました。後醍醐天皇様の大覚寺統と対立していた持明院統の光厳天皇様です。
光厳天皇様は後に夫と深い関係になります。
光厳天皇様の即位で後醍醐天皇は廃されたことになります。
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善戦していた後醍醐天皇様の軍でしたが…陥落してしまいます。
笠置山より脱出した後醍醐天皇様は側近と共についに幕府軍に捕らえられてしまいました。
夫が率いる足利軍は笠置山の戦いには参戦できませんでしたが、
「笠置山では戦えず残念だったが、河内国で楠木正成が暴れている。そちらに向かうぞ」
と夫は後醍醐天皇様に呼応して挙兵した河内国へ向かいます。
その頃、楠木正成様は河内国の赤坂城で幕府軍と戦っていました。
その戦い方に幕府軍は苦戦します。
つづく…

