私、登子です。
ついに私は足利高氏様に嫁ぎました。
婚儀は盛大に行われ、私と夫を祝ってくださいました。
夫の母親、清子様から
「高氏をよろしくお願い致します。」と言われ身の引き締まる思いでした。
1326年幕府で一騒動が起きました。
執権・北条高時が病のため、24歳の若さで出家します。
高時様の後継ぎを巡り二つの勢力が争います。
一つは高時様のお子で邦時様を推す内管領・長崎様の勢力。
もう一つは高時様の母親の覚海尼様と覚海尼様の御実家・安達氏でした。
こちらは高時様の弟で覚海尼様が生んだ泰家様を推していました。
長崎様の推挙で北条氏の庶流の金沢貞顕様が中継ぎの執権となります。
しかし、貞顕様の執権就任に憤った覚海尼様と泰家様が貞顕様を襲うと噂が流れました。
貞顕様はこれに恐れ、
「長崎円喜殿に頼まれ執権になったのに、殺されてはたまらん。」
と就任わずか10日で執権を辞してしまいます。
この後、北条氏の一門では覚海尼様の怒りを恐れ執権のなり手がいませんでした。
しかし、ここで立ち上がったのが私の兄・赤橋守時でした。
兄は私を足利氏に嫁がせ縁を結んだことで幕府を正すことを目指していました。
「わしが執権になり、足利殿の力を借りて幕府を立て直すぞ」
守時さん、やる気だね。がんばれー!
しかし!
兄の思うようにはならなかったのです。
重要なことは北条得宗家で決められ、執権はお飾り状態になっていました。
世の中が不安定なのに幕府内部でこんな争いが起きるとは、やはり幕府が腐敗していることでしょうか…
そして1330年、私にとって、いや足利氏にとって嬉しいことがありました。
つづく…
