私の夫は優柔不断 〜兄は父代わり〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

※訂正:『赤橋家』のブログで「私には2人の兄がいます。」との箇所ですが登子の兄弟は2人ではなく複数いました。
よって本編を「私には兄がいます。」と訂正しました。
ここにお詫び致します。


コアラ皆さん、ごめんなさい~。では本編へ。

前回まではこちら⬇️


私、登子です。

私の兄、長兄は守時といいます。私とは11も歳が離れています。

実は私の父・久時は私が生まれた翌年の1307年に…亡くなりました。

私は父の顔も覚えていません…。

コアラガーン幼い登子さんを残して亡くなったなんて悲しいね…。やはり病死のようだね。




父が亡くなった後、守時が赤橋家を継ぎました。
この時、まだ13歳でしたが従五位下の位に付きました。
役職にも付きましたが私にはよくわかりません。


コアラ13歳なのに北条氏の惣領である得宗家におとらない待遇だね。


私にとって守時は兄であり父親代わりでもありました。



兄は幕府にも参与していきます。


正義感のある兄は私にとって誇りであり憧れの存在であります。





この頃、得宗家の北条貞時様が亡くなりました。
貞時様は執権は退いていましたが、実権を握っていました。

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北条貞時

貞時様は亡くなる前に後を継ぐ貞時様の子・高時様の体制を整えようと長崎円喜様、安達時顕様を補佐につけました。

この長崎円喜様は後々、夫の尊氏や私たちに深く関わってくる人物です。


コアラ円喜さんは得宗家の被官、つまり得宗家に仕えている武士なんだ。




ところでこの頃、私の夫になる尊氏はどうしていたのでしょう?

夫は私より1つ歳上で1305年に生まれました。

コアラ!ヘェ~登子さんと尊氏さんは1歳違いかぁ。







つづく…コアラ次回をお楽しみに~バイバイ