生き抜く足利 〜義家の置文〜 | 歴史を感じよう

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1284年足利家時が自害したのには、ある説があります。


足利氏には先祖にあたる源義家が書き残した置文が存在しました。

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源義家


「自分は七代の子孫に生まれ変わって天下を取る」

このような内容が書かれていました。


義家の七代の子孫にあたる家時は義家の置文を読んで、

「自分の力では北条得宗家を倒し天下を取ることはできない。かくなる上は…」

と自害しました。

自害する際に家時は、

八幡大菩薩「三代後の子孫に天下を取らせよ」と祈願し願文を残していました。

三代後の子孫が室町幕府を起こした足利尊氏です。


家時が残した願文の説は真実味を帯びています。

当時は北条得宗家の力が強く、霜月騒動で御家人勢力は抑えられました。

北条得宗家から責を負い、得宗家を倒すことも出来ない家時が天下取りを願って文を残したと考えられます。





しかし、義家の置文が実在していたのでしょうか?

義家の置文がなぜ足利氏だけに伝わっていたのか?
また、源氏の嫡流の源頼朝が鎌倉幕府を起こしたことで天下取りは成っています。

義家の置文は足利氏の偽造ではないでしょうか。



いずれにせよ、当時の足利氏に北条氏を倒す力はまだなく我慢の時代でした。



家時亡き後、足利氏を継いだのは家時の子・足利貞氏です。





つづく…