平氏から源氏 後三年の役〜義家の失敗〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

清原家衡らを討ち果たした源義家は朝廷に報告し、後付けで家衡追討の官符を要請しました。
(官符とは正式な公文書のことです。)

この戦、まだ朝廷からのお許しを得てなかったとは…これが義家の失敗でした。

朝廷は官符を出さず、この戦を「私戦」としました。それにより国よりの「恩賞」はありません。
さらに義家は1088年正月に陸奥守を罷免されます。

これは勢力を伸ばしてきた義家を白河上皇が危惧し押さえるために行ったといわれています。

義家はこの後も戦の期間に未納となっていた官物を催促されました。
さらに弟・義綱と争ったりと、いいことがありません。

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後三年の役の義家 苦労した戦なのに、終わった後は踏んだり蹴ったりです。


話を戻しますが、戦の恩賞が出なかった義家は配下の兵に対して私財を投じて報奨を与えました。

このことが後に生きてきます…



つづく…


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