平氏から源氏 後三年の役〜新羅三郎、参戦〜沼柵で源義家・清原清衡の連合軍を退去に追い込んだ清原家衡は、次の戦いに備え金沢柵に移ります。これは家衡の叔父・清原武衡の進言によるものでした。金沢柵跡金沢柵は四方を断崖絶壁に囲まれた天然の要害でした。義家・清衡連合軍は金沢柵に迫ります。ここに義家の弟・新羅三郎義光が馳せ参じます。「兄上の苦戦と聞いて、都より駆けつけました。」義光は白河上皇に何度も陸奥下向を願い出ましたが、許されず左兵衛尉の官職を辞して都から馳せ参じました。義家は感激したことでしょう。源義光連合軍は金沢柵に向けて進軍します。つづく…にほんブログ村宜しければバナーをクリックしてね