小松柵の戦いから国府軍は優勢、9月には安倍氏の拠点である厨川柵を落としました。
安倍貞任は深手を負い捕らえられ、源頼義の前に引き出されましたが、頼義を一瞥しただけで息を引き取りました。
藤原経清は捕らえられ、すぐには処刑せず刀を岩に打ちつけキザキザにし、その刀で鋸引きのように苦痛を長引かせるように斬首されました。
経清に対する頼義の恨みがより深かったということですね。
貞任の弟・宗任は降伏し一命を取り留めます。
宗任は伊予国に流罪となり、のちに九州・太宰府に移されました。
こうして「前九年の役」は終結しました。清原氏が参戦してから、わずか2ヶ月で決着がつきました。
頼義は思惑どおりに進んでると思いましたが…
つづく…

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