安倍氏は奥六郡(岩手県の北上川流域)を拠点とし、半独立的に勢力を形成していました。
11世紀半ば、安倍氏は国司の命令に従わず、納税も怠り反抗的な態度を取ります。
1051年、陸奥守・藤原登任は秋田城介・平繁成らと共に数千の軍で安倍氏を討伐しようとします。
この戦闘が「鬼切部の戦い」と呼ばれ『前九年の役』の始まりでした。
この時の安倍氏の当主が安倍頼良です。
「鬼切部の戦い」は安倍軍の圧勝でした。(戦いを知らない貴族に勝てるわけがありませんね)
敗れた藤原登任は更迭され京へ帰ります。
朝廷は新たな陸奥守に源頼義を任じます。頼義は息子・義家を伴い陸奥国へ赴任します。
ところが赴任した翌1032年に事態が変わります。
つづく…

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