1030年9月、朝廷は鎮圧できない平直方に代わり、甲斐守・源頼信を追討使に任命しました。
(頼信も最初の追討使候補の一人だったのです。)
清和源氏で「平将門の乱」にも参加?した源経基の孫にあたります。
また、父・源満仲は立派な武官で藤原摂関家につかえ、鎮守府将軍にもなりました。
平忠常は以前、源頼信と戦い降参した過去がありました。さらに頼信の家人でもありました。
頼信は準備を整えて甲斐国へ下向しました。(甲斐国は上総国らの隣国です)
すると、1031年春に忠常は出家して降伏してきました。
アッサリという表現が当てはまる出来事ですね。
最初から頼信を任命していたら、ここまで時間を費やしたでしょうか?
つづく…

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