和を以て貴しと為す
わしは長尾景虎(ながおかげとら)です。
正長元年(1428年)8月…
「払えるか!!徳政だ!!」
京周辺では徳政を求める一揆が起きていた。
近江坂本や大津の馬借が徳政を求め、この一揆勢が土倉、酒屋、寺院を襲って膨らんだんだ。京だけじゃく奈良や河内、播磨と畿内一円まで及んだんだよ。
これが正長の土一揆。
一方、鎌倉では鎌倉公方、足利持氏(あしかがもちうじ)の公方居館に兵が集まっていた。
これを聞いた上杉憲実(うえすぎのりざね)は急遽、公方居館に入り持氏と会った。
持氏は弓矢の稽古をしていた。
憲実「公方様(持氏のこと)!!」
ザスッ!!
矢は的を撃ち抜いた。
持氏「憲実、そんなに慌てて、どうした?」
憲実「居館周辺に集まっている兵はいかなるものですか?」
持氏「ん…直兼が集めておるのではないか?」
そこへ持氏の側近、一色直兼(いっしきなおかね)が現れ、
直兼「公方様、続々と兵は集まっておりまするぞ。」
憲実「義父上!!」
直兼さんは憲実さんの正室のお父さんの設定なんだよ
直兼「憲実殿、そなたも出陣の準備をせよ!京へ行くぞ。」
憲実「京へ!?」
直兼「京では足利義宣(あしかがよしのぶ)がまだ将軍宣下されず、公方様が将軍になると噂がされておる。ならば公方様が京へ行って将軍宣下を受けるしかあるまい。」
憲実「なっ…それはただの噂にございます!!公方様!本気にございますか?」
持氏「憲実、いつまでも将軍職が空いておれば世の民は不安であろう。現に畿内では徳政一揆が起きておるらしいぞ。」
憲実「ここで公方様が上洛すれば、混乱いたします。公方様のお役目は鎌倉、東国を安穏にすることにございます!何とぞ、上洛をおやめください。」
直兼「憲実殿!何を言うか!公方様が将軍にふさわしいのだぞ!!」
憲実「足利同士で争えば日の本は大乱になりまする!公方様お願いいたしまする!!」
憲実は平伏した。
持氏「…直兼、兵を下げよ。」
直兼「なっ、何を…」
持氏「わしの役目は東国の安寧だ。日の本が大乱になるのは望まぬ。」
直兼「されど、義宣が将軍になるのを見過ごすのですか?」
持氏「下がれ!!」
持氏は直兼を一喝した。
憲実「公方様、ありがとうございます。」
持氏「兵は下げよう…されど義宣が政を誤れば、その時は動くぞ。」
持氏は居館の中へ入っていった。憲実は安堵したが…
『京の状況をもっと把握せねばならぬ…』
正長2年(1429年)3月15日、義宣は名を改めた。
義宣「義宣…世を忍ぶ。この名のせいで一揆なと起きるのだ。」
名を義教(よしのり)と改め、ついに征夷大将軍に任命された。
足利義教
室町幕府第6代の将軍である…。
つづく…










