16. 人生は自分で創造するものなのに
人生は自分で創造するものなのに、
親任せの人生にしてしまう子供たちが多いような気がする。
以前に、よく比喩したものだが、
自分という車の運転席に親が乗っていて、
自分は助手席に座らされていると言ったものだ。
こうした場合は子供が最後には引き蘢る可能性が高い。
人生はよくドラマに喩えられるけど、
人生は本当にドラマなのだ。
その脚本は本来自分で書くものなのだ。
だから、子供たちにはいろいろモデルを見せて、
子供がどんな脚本を書くのか親は楽しそうに見ていればいい。
そして年老いるまで自分の世界を築かせてあげればいい。
さて、とうとう年老いて、死ぬまでどういう脚本を書くのか、
それが僕の今の問題 だ。
なぜかというと、僕はもう自分で脚本を書くのに飽きたからだ。
これからは、自分で脚本は書かず、
誰か他の人たちの要望に応じて生きていこうと思う。
これから僕の人生のドラマは無為自然、
つまり、神に僕の脚本を書くのを任せようと思う。
僕という車の運転席に神が座る結果となりそうだ。
自分の人生は自分で創造するものだ、
しかし、もう神様に自分の人生を任せたいと思う年頃になったようだ。
これもありのままの自分だと僕は思う。