さて、秋田の角館(かくのだて)です。
実は私は、角館というところを知らなかったし、そこの武家屋敷というものも知らなかった。
ところが行ってみてビックリ。
角館というのは、秋田を拠点としていた佐竹藩の分家のようなところで、佐竹北藩が治めていたそうだ。
現在では、東勝楽丁というところと田町の2カ所に武家屋敷が多く残っている。
その内の東勝楽丁には20戸ほどの屋敷がある。
その風情は見事と言うほかない。

そんな屋敷が、かつて城があった小さな丘に向かって1キロほど続いている。
通りの入り口に近い屋敷ほど下級武士で、城に近いほど上級武士という配置。
場所で位が分かるわけだ。
事情を考えればそれは当然のことだろうが・・・。
その身分と比例するように屋敷の格が変わって行く。
一番入口近くにあるのが小田野家の屋敷。

実に質素で、塀もなかったかも知れない。
ところが、この家には直武という絵の上手い人がいたそうだ。
何と「解体新書」の解剖図を描いたのはその人だと言うではないか。
この通りの両側には黒板塀が続いていて、どの屋敷にも背の高い杉などがあって非常に美しい。
私が行ったのは10月だったが、桜や紅葉の季節、それから雪の景色の美しさを想像するのは難しくない。
そんな美しい家並みが、かつての日本にはあった。
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