9月23日、主人は再入院しました。
先生からはもう退院することは難しく、最期を病院で迎えることになるかも知れないと告げられました。
病状説明では、担当医の先生がいなかったので代わりの先生でしたが、余りに心ない言葉を言われて、私は取り乱し号泣。
主人に『大丈夫だよ。』と言われ、何も出来ない自分を悔やみました。
入院してから主人の症状は日を追う毎に悪くなり、酸素無しでは到底いられない状態になりました。
前回の入院は娘には伝えなかったけど、今回はちゃんと伝え、主人が少しでも話が出来たりする内に会わせました。
案の定、娘を不安な気持ちにさせたことは言うまでもなかった
先生からはもう退院することは難しく、最期を病院で迎えることになるかも知れないと告げられました。
病状説明では、担当医の先生がいなかったので代わりの先生でしたが、余りに心ない言葉を言われて、私は取り乱し号泣。
主人に『大丈夫だよ。』と言われ、何も出来ない自分を悔やみました。
こんな先生がいるのかと本当にイヤになった。
入院してから主人の症状は日を追う毎に悪くなり、酸素無しでは到底いられない状態になりました。
前回の入院は娘には伝えなかったけど、今回はちゃんと伝え、主人が少しでも話が出来たりする内に会わせました。
案の定、娘を不安な気持ちにさせたことは言うまでもなかった
何とか少しでも元気になって欲しいけど、主人は食事も取れなくなり、モルヒネの加減か、釧網状態が強く、言っていることが過去や現在と入り交じっている状態が続きました。
担当医の先生から、後、1ヶ月は難しいと言われ、覚悟して欲しいと言われました。
がんが治る時代になって来ていて、ステージ4のがんの方がたくさん治っているのに何で?
何にも悪いことしてないのに何で?本当に神様は意地悪だ。
10月3日(土)朝からお兄ちゃんに病院に行ってもらい、私は娘を迎えに寮に…
朝イチ主人から電話があり、早く行ってあげたい気持ちをお兄ちゃんに託し、私は娘の担任の先生や顧問に一旦帰ることを伝え、娘と病院へ…
娘が来たことを伝えると『おかえり、ありがとう』って。
きっと、来てくれるの待っていたんだね。
家族4人、揃って良かった。
でも、娘が来てから、主人の状態は急変。
手足は凄く冷たく、酸素も測れなくなっていて、しゃべることも出来ない。
先生からの話が13:00からあり、妹・私・お兄ちゃんで話を聞く。
今日は泊まって行くようにと言われて病室へ。
妹が『お姉ちゃん、私がいる間に一度自宅に帰り宿泊準備しておいで』と言われて、そうすることに。
子ども達と妹が主人についていてくれた。
道中、もう少しで家に着くっていう時、電話が鳴った。
『直ぐ戻って』って。
どういう風に行ったのか思い出せないくらい急いで病院へ戻った。
病室では、息子も娘も妹も主人の事を呼んでいた。
私を待ってくれていたのか、私が到着すると同時に息を引き取った。
こんな事ってあるのだろうか?
今朝だって普通に話した。
先生はまだもう少しは大丈夫って。
きっともう終わりにしたかったのかな。
10月3に(土) 14:53
忘れられない日となってしまいました。