食事等は、中年おじさんの外食・総集編(hide001dd’s diary) 中年夫婦の外食を参照ください
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20190822 見学 東京郊外
東京都町田市能ヶ谷
武相荘レストラン&カフェ
カルチャーセンター「建築散策と東京散策」
第4木曜日実施
「新旧の街を比較しながらの建築観察・東京歴史散策⑬」
第2回鶴川から東京の郊外住宅を楽しむ旅(37)
平成31年8月22日(木) 「武相荘(旧白洲邸)」
集合:(小田急)鶴川駅改札(北口)出口10時30分
鶴川-武相荘-「ミュージアム(茅葺き・旧自邸)」・「トストラン(母屋)」等-散策路-岡上山東光院宝積寺-鶴川
白洲次郎と正子の暮らしは、著作物や交流のあった人物による交流エピソードからその人生を知られるところとなり、今なお多くの人々の共感を得ています
レストラン&カフェ
白洲邸武相荘のカレー「海老orチキンカレー」その1
白洲夫妻のライフスタイルそのものを垣間見られる「武相荘(ぶあいそう)」は、夫妻が人生の大半をすごした家。長女、牧山桂子氏のアドバイスにより再現された白洲一家のレシピを、白洲家の食堂を中心に当時の息吹を感じながらご堪能いただける唯一のレストランです。
武相荘 042-708-8633
武相荘(旧白洲邸)➀ hpより 042-735-5732
父・白洲次郎は、昭和十八年(1943)に鶴川に引越して来ました当時より、すまいに「武相荘」と名付け悦にいっておりました。武相荘とは、武蔵と相模の境にあるこの地に因んで、また彼独特の一捻りしたいという気持から無愛想をかけて名づけたようです。
近衛内閣の司法大臣をつとめられた風見章氏に「武相荘」と書いて頂き額装して居間に掛けておりました。
私は両親を親としてしか見た事がなく、同じ様に私が育ち、両親が人生の大半を過した現在の茅葺き屋根の家に対しても、ただ家という認識しかありませんでした。
ふと気が付くと近隣は大きく様変りしていました。暗くなるまで遊んだ小川、真赤に夕焼けした空にたなびくけむり、あちこちに、ひっそりと咲いていた野花の数々など、すべて姿を消していました。また点在していた茅葺き屋根の家々もほとんどみることがなくなりました。同時に私の両親の様な人々も消え去っていきました。
ただそのものとして見ていた茅葺き屋根の家や両親の様な人々が既にあまり残っていないのではないかと思うようになりました。
六十年近く一度も引越しもせず、幸か不幸か生来のよりよくする以外現状を変えたくない、前だけ見て暮したいという母親の性格のせいか武相荘は、それを取りまく環境を含めほとんど変っておりません。
このたび色々な方々の御力添えによって、過ぎ去っていった時代を皆様にも偲んで頂きたく、旧白洲邸武相荘をオープン(2001年10月)致しました。
武相荘の散策路(武相荘について)
白洲次郎と白洲正子。2人が移り住み、形作り、生涯を通して愛した家「武相荘」
四季折々に目を喜ばせる花々〜今となってはめずらしい茅葺き屋根葺き替えの様子などご紹介。









