卵管癌ステージⅢCで入院していた毒母85才。

2月半ばから腹水の張のせいで食事が執れず 中心静脈栄養で栄養補給していました。

3月22日の胃空腸バイパスで腸はぐちゃぐちゃになっていなかったので胃と腸をつなぐ外科手術はできたものの、卵管癌であることがわかり腹膜にも10センチ大の播種がみつかりました。

術後も一週間は食事が胃から腸に流れず、水を飲んでも嘔吐していたそうですが、術後2週間から始めた抗がん剤の成果だったのか、胃空腸手術がうまくいったからなのか、抗ガン剤を始めて2日後くらいから食事が可能になったと本人から電話が・・。

そして4月下旬には退院できると病院から連絡がありました。

「高齢なので通常3~4週間に一度打つ抗がん剤を、月に3回、一週間ごとにうって

昨日4月12日が2回目だったんですけど 副作用もさほど今のところなく、来週白血球がどうなるかにもよるんですが、退院できると連絡がガーン

本人は 「ゆくゆくは私の住んでる近県で介護施設で老後は暮らす」と言っていたので退院しても介護施設でだいじょうぶな気はしていたんですが・・・

病院の先生も含めて世間様は「親一人 子一人なので、いっしょに暮らして想い出を作りたかろう」と美しい幻想をいただいてくれてはるよーでむかつき

でも 就学前の幼児期、他に誰もいないところで 殴る蹴るの暴行を受けて蹴られながら階段を蹴り落とされたあの経験はやられた人間じゃないとわからないっちゅーねんムキー

 長年 一人で抱えていた「虐待問題」を「同居は無理やから、介護施設を探したい」と地域包括センターの相談員さんに初めて相談しました。

相談員さんから、「そのバックボーンを病院にも相談して3週間入院で1週間は退院という治療方針でやってもらえそうなのであればそうしてもらった方がいい」とアドバイスをいただいて、今日連絡あった今日言っておいた方がいいだろうと病院に速攻で電話してみたら 担当看護師さんが話しはきいてくれたんですが「病床をそれであけるということにはならないと思いますし、土日でケア担当の看護師がいないので週明けにケア看護師に伝えますが、抗ガン剤を通院で受けながら入れる施設があるかどうかはわからない」という回答で、一気に鬱状態に・・・ゲッソリ

ご飯も入らなくなってしまいました。

いや 自分で考えていた以上にこれトラウマやったわ・・・・