自由という言葉がある。




そして、これは誰もが求め手にしたいモノであるんじゃないかと思う。


特に、昨今の中学生や高校生なんかは自由が欲しいなどと宣っているんじゃなかろうか。所謂厨ニ病というやつですな。




斯く言う自分もそう言っていました。


完全に言ってました。何なら誰よりも率先して言っていました。




だけど、四捨五入して三十路になる歳になって改めて考えてみると、人間は(特別な境遇に無い限り)自由なんじゃないのかと思う。




まぁ学生で例えてみると学生はまず学校があります。


もちろん親には行きなさいと言われますよね。当たり前です。学生の職務は勉学に励む事。即ち学校に行く事である。




だけど、家を出たら学校に行くか行かないかはもう自由ですよね?


自分の好きにしたらいいし、出来るだろう。完全に自由だ。


ただ、自由というのは枷がある。この場合の話で言うなら学校に行くか行かないかは自分の自由だが、それに伴い行かなかった場合きっと学校から親に連絡があるし、学校に行かずに家に帰った場合きっと怒られるだろう。


だけど、それは自由をとった代償です。






「代償なんていらない自由が欲しい!」






これを読んだ学生の声が聞こえてくるようです。(実際は学生なんて読んでないですけど)


代償のいらない自由が欲しいなら、一人で暮らすしか無いと思う。共存とはそういうものだし、自分の勝手は通らない。自分以外の周りの人間を自分に合わせさせるのは自由とは違う。俺の言ってる意味ってわかるかな?




それじゃ社会人で例えてみると


もちろん、まず最初に浮かぶのが会社に行きたくない…かな?会社勤めしている社会人で思った事が無い人は居ないでしょう。


うん、行かなかったらいいんです。自由ですから。その代わり行かなかったら給料は出ません。それはそうです。会社に行かなかったんだから。当たり前の事ですよね。




わかりますよね?即ち何をするのも自由なんです。


もちろん人が殺したいとか、家を燃やしたいなど、犯罪絡みの事になってしまうと自由というわけにはいきませんけどね。いや、これも自由か…?まぁその後の代償がかなり大きなものなるかもしれないけど自由なのかもしれない。いや、完全に自由だ。自由だからこそ、殺人が起こるし、放火もおこる。これが自由じゃなかったら起こるわけないもんね。




何が言いたいかと言うと、自由と、自分の意のままに周りを操るというのは違うっちゅうねーん!って話ですな。


なんだかまとまりの無い文章だ。そうこれをまとまりのある文章に書き直すか、そのままにするかも俺の自由なわけですな。世の中みんな自由だーーーーーーーーっ!!!