今思う事を無心で乱れ打っていきたいと思います。




しかし、無心で乱れ打つと言っても何かを思って打ってるわけで、厳密に言ったら無心ではないんですね。


しかし、それを事細かに説明しだしたら




「今思う事を無心で乱れ打っていきたいと思います。(ただし、無心と言っても本当に無というわけではなくて、打ちながら感じた事を思いのままに打ち続けるという意味です。しかし、いちいちそう書いてたら説明が長ったらしくなってしまうのでここでは無心と言わせて頂きます。ですから、僕は無心という意味がわからないわけでも、間違って認識しているわけでもありませんので、心配には及びません。心配には及びませんと書いたものの、きっと誰も心配していないのはわかっています。ですが、文章というのは時として心に無いことでも定型文のように締めくくった方が締まりが良いという事もありますのでご了承下さい。そして、現時点では心に思った事を書いているので、まだ無心で乱れ打つというのもスタートしていません。後、念のために付け足しておきたいのですが、乱れ打つと言いましても決して卑猥な意味ではありません。僕は今ちゃんと服を着ていますし、脳も猥褻な事を考えているわけではありません。ここで意味する乱れ打つというのは、特にまとまりや内容などを気にせずに打つという意味であって、決して句読点の度に乳首をダブルクリックしているわけではないという事だけは弁解させて頂きます。もし僕が句読点の度に乳首をダブルクリックしよう!と思ってこのブログを書く時はちゃんと、今思う事を乱れ打っていきたいと思います(乱れるというのは卑猥の方の乱れるです)とちゃんと、書き記したいと思っていますのでご安心下さい。今書いていて思ったのですが、ご安心下さいと書くという事は僕がまるで誰かが心配する可能性があると思っているのではないかと思っていそうな文章ですが、誰も心配などはしていない事は承知していますし、心配という二次熟語の意味もちゃんと知っております。ですが、前述した通り文章というのは時として定型文のように締めた方が印象が良くなるという事もあるので、それを今まさに実践引用したわけです。そして、更に付け足しておかなければいけないのが、誰も僕の事を心配しているわけではないと書きましたが、決して卑屈になっているわけではありません。今回の場合の心配しているわけではないというのは心配という意味はちゃんと知っていますから大丈夫ですよという意味であって、卑屈になっているわけでも自暴自棄になっているわけでもありませんので何卒ご了承下さい。ここまで改行もせずに書き綴ってきましたが、要するに何が言いたいかというと、無心とは記しつつも本当に何も考えていないというわけではないという事を理解しつつ、あえて無心という言葉を使わせて頂いていますという事です。右往左往しましたが僕の意図が伝わればこれ幸いです。そして、僕は現時点でここまで書き記した文章を読み返してはいません。ですから、もしかしたらとても稚拙で読みにくい文章になっているというブログとしてあるまじき記事になっているかもしれませんが、僕としてもちゃんと僕自身の意図を伝えたいと思って勃発した、言わば確信犯なので致し方のない事なんです。ここで平成の現代に生きる方にありがちなのが確信犯という言葉の意味なんですが、今もしかしたら「ん?確信犯の意味ちょっと違うんじゃない?」って思った方いらっしゃるかもしれませんが、確信犯というのは本来こういう使い方をするわけであって最近は間違った使い方をよくされているんです。本来の意味は簡単に言えば自分のしてる事は正しいと確信しておかす犯罪という意味なんですね。今のは僕の虚ろげな記憶を頼りに文章にしましたが、きっと辞書にはもっとわかりやすく説明していると思いますので気になった方は是非一度見てみて下さい。きっと同じような事が書いてあるはずですから。今「説明していると思います」とあえて断言しなかったのはそうでない可能性もなくはないので、その少ない可能性を危惧して念のために断言しませんでした。断言してもいいレベルというのはもちろん承知しているのですが、そこは無駄にリスクを背負う意味も無いですからね。まぁリスクと言っても僕が言うことが間違っていたとしても何がどうなるわけではないんですけどね。でも、だからって自分の言葉には責任を持たないといけないと自負しております。だからこそ断言をしませんでしたし、保守に走りました。これは理解して頂かないとどうしようも無いのでお願いします。それではそろそろ無心で乱れ打っていきたいと思いますので、よろしくお願いします。)」




と、なってしまうという可能性があるのでやっぱり無心という言葉でいった方がええね。