アラ還おやじの食道がん闘病記 -38ページ目

アラ還おやじの食道がん闘病記

2018年3月8日(58歳)胸の痛みと喉の違和感で消化器内科を受診。
食道にがんが見つかり抗がん剤治療、食道亜全摘手術、そして"がんサバイバー"としての生活が始まりました。
幸いなことにまだ人生は続いています。
そんなアラ還おじさんのブログです。

2018年11月8日(木曜日)

 

今日年賀状の宛名と裏面のデザインを印刷しました

( 早い )

 

 

いつになく早いです

 

 

1か月以上は早いです

 


いつもはこのまま投函します

 

 

よほど親しい人、今年特にお世話になった人以外は

 

 

今年は、すべての賀状に一筆添えるつもりです

 

 

ご縁というものを感じながらその方との思い出をたどってみようと思います

 

 

多くの知人、親戚が私の病気のことを知りません

 

 

会社の得意先の方で長期の入院等でご迷惑がかかりそうな方にはお知らせしましたが友人、ご近所の方にはほとんど知らせておりません

 

 

親戚には父方の従兄弟2家族と母方の叔父2名と弟K君一家だけです

 

 

何故なら私は今、死ぬつもりがないからです

 

 

入院しても手術をしても退院して元気に戻ってきたら何事もなかったことになると思っていますから

(多少の後遺症、副作用は残っていますが・・・)

 

 

お見舞いに来てもらっても元気になれば快気祝いを持って退院のごあいさつ回りなど余計な仕事が増えるのです

 

 

2人に1人がかかる病気となっても九州の片田舎の人間には未だ” がん ”という病気は不治の病のようです

 

 

ただ今年はいろいろとありました

 

 

来年は還暦を迎えます

 

 

今一度自分の人生を振り返ってみたいと思います

 

 

 

 

 

 

2018年11月7日

 
栄養失調?
これまで気にしてないもののひとつに栄養というものがあります
 
 
" がん " になるまでは全くと言っていいほど考えたことがありませんでした
 
 
自分は病気をしないと思い込んでいましたから
 
 
検診にも行かず、強いて言うなら献血のあと送ってくる血液検査の結果を健康診断がわりに見ていたくらいです
 
 
今年がんになって何度採血 💉 されたか
 
 
数えきれないほどの血液検査の結果は素人の私にはわかりません
 
 
標準の値の上限と下限があり、その間の数値は黒文字、そうでないものは赤文字で表示されるので赤文字の項目が多いな、少ないなくらいな感じでした
 
 
血液検査の結果に一喜一憂してもしょうがないので
 
 
爆笑  ショボーン  笑い泣き  えーん  ガーン
 
 
ただ入院中に毎日のようにお見えになる栄養食士さんが言う
 
 
 「 たんぱく質が不足していますね
 
 
 " た、 た、 たんぱく質? "
 
 
そういえばあの日以来、🍖を食べてないよな
 
 
あの日とは2018年3月3日の  での 🍖 ランチです
 
 
 
初めて喉に違和感を感じた日です
 
 
 " なんとなく納得しました "
 
 
 肉だけでもないんですよね
 
 
 「 大豆、豆腐とかにも含まれています
 
 
 ” へーそうなんだ
 
 
そういえば栄養素って日頃考えたことがないよな
 
 
特別気をつけないといけない病気も無かったし
 
 
栄養を考えながら食事を 🍽 したことがないのです
 
 
食べたいものを食べたいだけ食べてきました
 
 
それはそれで良かったんですが食道がんになってから食べることが難儀になり、栄養を補助食品に頼らなければならなくなってからずっと言われ続けているのが
 
 
 「 たんぱく質が不足しています
 
 
 
👿  「 俺だって肉 🥩 食いたいよ!
 
 
 
 
 
 

2018年11月6日

 

自分が食道がんになって初めて感じることがありました

 
 
それは、
 
 
日に日に食欲が無くなって行くことです
 
 
がん宣告を受けるまでは食欲旺盛で焼肉が食べたい、ステーキ 🥩  が食べたい、そう思いながらも喉を通らない
 
 
びっくり   びっくり   びっくり  びっくり   びっくり   びっくり
 
 
よく噛んで飲み込んだつもりが跳ね返される
 
 
もう一度カルビ 焼肉 が食べたいから手術を選択したと言っても過言ではないかもしれません
 
 
しかし、抗がん剤治療から吐き気、嘔吐、下痢、味覚障害、口内炎 🔥 、口唇炎 🔥 に悩まされています
 
 
毛髪も抜けて、眉毛もない状態が続きました
 
 
チーン   チーン   チーン   チーン   チーン   チーン
 
 
覚悟はしていましたから髪は短髪にしていました
 
 
半端ない抜け毛です
 
 
代表的な副作用ですが我が身に起こるとショックですよ
 
 
味覚が変わっていきます
 
 
大好物だった店のたこ焼き(味覚焼き)を買ってきてもらいました
 
 
一つ食べて
 
 
 ” 不味い(まずい)・・・
 
 
でもそれ以上にショックだったのは食欲がない
 
 
腹が減らない
 
 
食べると吐き気をもよおすこと
 
 
 ゲロー   ゲロー   ゲロー  ゲロー   ゲロー   ゲロー
 
 
体重は落ち続け50Kgを切るころには死の恐怖すら感じました
 
 
がんで死ぬのではなく 
 
 
" おにぎり 🍙 食べたい "
 
 
とメモを残して・・・
 
 
 
🤯

2018年11月4日(日曜日)


家庭菜園が趣味です
 
 
ちなみに一番好きなTV番組は鉄腕DASH
 
 
食道がんになるまでは、天気の良い休日は畑で苗を植えたり草取りをしたり土と太陽と親しんでいました
 
 
基本日曜日、祭日が休日なのですが雨が降ると出勤していました
 
 
親父が亡くなって6年、家庭菜園歴も6年になりました
 
 
ど素人から始めて今では野菜の苗を見るだけで大体何の野菜か見分けがつくようになりました
 
 
今年最後の野菜は2回目の抗がん剤治療(5/3)前に植えたナス、トマト、きゅうりの定番夏野菜とサツマイモ(紅あずま)でした
 
 
今年はこれまで入退院を繰り返していましたので家庭菜園どころではなくほったらかしでした
 
 
管理を母にお願いしていたのですが81歳の身ではどうにもなりません
 
 
特に今夏は梅雨が早く明けて水不足でした
 
 
水やりもしやすいように苗のすぐそばまでホースも延長しておいたのですが・・・
 
 
きゅうりは水枯れで早々にに枯れ、トマトに至っては脇芽が伸び放題でトマトジャングルに、唯一残ったナスは追肥をしなかったため最後はミニナスになっていました
 
 
最後のサツマイモは先週母が収穫したので畑には何も野菜がありません
 
 
こんなことは6年間でかってなかったことです
 
 
何も無い畑には夏野菜の支柱だけが残っています
 
 
金属製の金具でつないでいますので老婆の力でははずせないのです
 
 
今日は雲ひとつない天気です
 
久しぶりに作業着を着て支柱の片付けを始めました
 
 
これまでなら片付けながら次の野菜の準備をするのですが当分は何も出来そうにありません
 
 
何もなければ今頃は、白菜、キャベツの植え付けが終わり、大根の種蒔きも終わって今日あたりは玉ねぎの植え付けをやっているはずです
 
 
  
 
何事もなければ・・・
 
 
何もなければ・・・
 
 
よかったのに・・・
 
 
 
春夏秋冬で色々な野菜を植えてきましたが、これで最後になるかもしれません
 
 
一抹の不安と寂しさを感じての片付けとなりました
 
 
 
 ” いかん、いかん めげちゃいかん
 
 
時折弱気になる悪い癖です
 
 
支柱には、" がんサバイバー "からの復活のあかつきにはまたお世話になるのできちりと麻紐も外しドロも拭き取って軒下に収納しました
 
 
 
15時には風呂にはいって夕方まで横になり休息です
 
 
 

2018年11月2日

 

" がんサバイバー "になって初めて気づいたことがあります

 
 
それはテレビの食べるシーンのなんと多いことか
 
 
CMを含めて皆、なんと美味そうに食べるのだろう
 
 
グルメ番組、大食い番組、旅番組etc
 
 
ドレッシング、マヨネーズのCM、出汁のCM、弁当屋のCM etc
 
 
いづれも本当に美味そうに食べる
 
 
天ぷらが食べたい、寿司が食べたい、ステーキが食べたい、焼肉が食べたい、しゃぶしゃぶが食べたい、とんかつ?かつ丼が食べたい、とんこつラーメン?いや味噌ラーメンが食べたい、ハンバーガー?いやハンバーグが食べたい、いかの活造りいやイカ天定食でもいい
 
 
今、なんでも食べられる金を持っているのになんでも美味しく食べられる味覚がないのです
 
 
抗がん剤の副作用で口唇炎、口内炎でちょとした醤油味、唐辛子味など舌先や唇 💋 がヒリヒリとしてきます
 
 
歯を磨くときもミントの刺激が・・・
 
 
そんな時はアンパンマンのイラスト付きの子供用歯磨き粉を使います
 
 
食べすぎると吐き気をもよおします
 
 
ただ・・・
 
 
生きていくために栄養を摂取したいだけなのに
 
 
食べることが恐怖にさえ感じる時があります
 
 
今は食べることが修行です
 
 
生きていくために・・・
 
 
 
 
 

2018年11月1日

 

今年を振り返ると
早いもので今日から平成最後の年賀状が発売されました
 
 
今年は新年早々インフルエンザ🅱️にかかり(1/31)
 
 
胸部の痛みに町医者を受診するも異常なし(2/5)
 
 
昼食中にのどの違和感に襲われ(3/3)
 

レントゲン・CT検査(3/8)
 
 
腫瘍が見つかり胃カメラ(3/12)
 
 
地域の拠点病院で検査(3/13~3/28)
 
 
間髪入れずに食道がんの宣告(3/29)
 
 
2クールの抗がん剤治療(4月、5月)
 

食道がん亜全摘・胃管再建手術(6/4)
 
 
縫合部の狭窄拡充のため胃カメラ(7/17~7/25)
 
 
大腸ポリープの切除手術(9/10)
 
 
本当に目の前真っ暗の年明けでした
 
 
正直、死も覚悟しました
それからの闘病生活、治療を乗り越えて "がんサバイバー" として生き残っています
 
 
決して楽な日々ではありません
 
 
こんな日々が一生続くのなら死んだ方がマシだと思ったことは、一度や二度ではありませんでした
 
 
生かされていること
しかしながら
 
 
私は誰かに、何かに生かされて いるのだ
 
 
と思うようになって少し気が楽になってきました
 
 
がん宣告、食道亜全摘、胃管再建術、大腸ポリープ切除が終わって外科的施術が終わりました
 
 
そして
 
 
再発、転移を気にして一気一憂してきました
 
 
 爆笑  笑い泣き  えーん  ガーン  爆笑  笑い泣き  えーん  ガーン
 
 
今、生きて年が越せることを嬉しく思っています
 
 
よほどのことがない限り年が越せそうです
 
 
ニコニコ  ニコニコ  ニコニコ  ニコニコ  ニコニコ  ニコニコ
 
 
💈 散髪に行けるようになりました
 
 
食道亜全摘手術後10日目、抗がん剤の副作用で髪の毛、まゆげ、ひげまでが抜け散髪どころではありませんでした
 
 
鏡に映った自分の姿を見て唖然としました
 
 
 ” ボロボロだな
 
 
 ” まるで子供の頃見た皮膚病にかかった野良犬のようだ
 
 
 
 
 
 
 
 
  " 私は、こう思うようになりました "
 
 
" この世に私の命が必要ならば私は生かされ、そうでなければ人生の幕が降りることになる "
 
 
" それは私の意思でどうにかなるものでもない・・・ "
 
 
 
新年を迎えるつもりで年賀状を買いました
 
 
 
 
 

2018年10月31日

 
昨日の120Km運転の影響は?
体調が不安だったのですが今日は至って快調に目が覚めました
 
 
目覚ましが鳴る前に⏰
 
 
以前だと今朝は金縛り状態で目が覚めていたはずです
 
 
びっくり   びっくり   びっくり
 
 
これでも多少は良くなっているのでしょう
 
 
 ニコニコ  ニコニコ  ニコニコ
 
 
がんサバイバーになって以前のようには生活ができなくなっても、少しでも昨日より良くなっていたりするともう少し頑張ろうって思うようになります
 
 
本当は一気一憂してはいけないのでしょうが・・・
 
 
反面ちょっとでも傷口が痛んだりすると再発してないだろうか?
 
と不安になったり
 
 
 ショボーン  ショボーン  ショボーン
 
 
やっぱりまだまだ悟りきれてないところもあったりするのです
 
 
 

2018年10月30日

退院後初めての長距離運転

食道がん摘出手術から148日

退院から128日

 

 

今日は福岡市方面のお客様に退院のご挨拶に伺いました

 

 

最初は米山峠越えの那珂川町五郎丸のお客様です

 

 

通常はしょうけ峠越えでいくのですが今夏の大雨でがけ崩れのため全面通行止めのため米山越えになります

 

 

この方は個人事業のお客様ですが先月スタッフKさん   の運転でお伺いしています

 

 

今日は時間をかけず先月分の領収証、請求書等の経理資料をお預かりし、そそくさとおいとまします

 

 

那珂川町から筑紫通りを北上し博多区へ

 

 

次は博多区諸岡のお客様です

 

 

このお客様は法人代表のS社長(女性)です
 

ほぼ半年ぶりの再開です
 

先月もお伺いしますと申し上げスケジュール調整をお願いしたのですが私の体調を気遣っていただき「経理資料は送ります」と言っていただきお伺いしなかったお客様です
 
 

再会は明治クッキングスタジオというカルチャースクールのようなところです

 

 

サプライズで個人事業主でアロマテラピストとして活動されているHさんも同席

 

 

お二人は師弟のような関係です

 

 

 ” お久しぶりです、いろいろとご心配をおかけして申し訳ありません

 

 

お二人:「 いえ、お元気そうなお顔を拝見できて安心しました

 

 

 照れ  笑い泣き  えーん   照れ  笑い泣き  えーん

 

 

 

病み上がりの私の変貌しているかもしれない姿を一人で見れないということでS社長がHさんに同席をお願いされたそうです

 

 

安心していただけたようです

 

 

 ニコニコ  ニコニコ  ニコニコ   ニコニコ  ニコニコ  ニコニコ

 

 

博多区の北上を続け住吉通りへ

 

 

次は博多駅前4丁目のM社長です

 

 

M社長は複数の会社を経営されており先月もお会いしておりますのでここは通常の月次訪問ということでここも先月分の領収証、請求書等の経理資料をお預かりしそそくさとおいとまします

 

 

博多駅前に戻って

 


次は博多駅前1丁目のI社長です

 

こちらも半年ぶりくらいの訪問です

社長が忙しそうだったので簡単なごあいさつでおいとまします

 

 

次は博多駅東へ

 

 

博多駅東のA合同会社のI社長とK常務です

ここのI社長は小、中学校の一年先輩です

 

 

幼馴染ということもあり恰幅の言い(体重80Kg)I社長が痩せていたことを知る生き証人になっています

 

 

可愛がっていただきお見舞いもいただいておりました

 

 

小一時間の世間話をしておいとまします

 

 

最後は都市高速の博多駅東から愛宕経由で西区へ
 (15:45頃ヤフオクドームの横を通りました)
 
 
次は福岡市西区姪浜で合同会社のH社長です
 
 
西市民センターで年金事務所による社会保険事務の調査の資料をお持ちしました
 
 
給与明細等のお預かりしていたものです
 
 
最後のミッション終了16時50分
 
 
都市高速愛宕から粕屋経由
 (17:00頃ヤフオクドームの横を通りました)
 
 

自宅(直帰)への120Kmコースです

外食のできない私なのでコンビニで買ったカロリーメイトのゼリーを休み休みでチューチューしながらの栄養補給です

 

 

以前の福岡市内の出張時には、まず昼飯の店と時間を決めてその前後に仕事を入れるという昼飯優先のスケージュールでした

 

 

福岡市には安くて美味い店がいっぱいあります

 

 

田舎者の私の楽しみだったのです

 

 

お気に入りだったメニュー

 

うぇすたんのステーキ

 

 

ひらおの天ぷら

 

 

鮮魚市場のイカ天定食

 

 

八仙閣のサービスランチ、etc・・・

 

 

 今では何一つ食べに行けません

 

なによりとんこつラーメンが食えなくなったのがショックで・・・

 

長浜ラーメン(行きつけの)

 

 

 ショボーン  ショボーン  ショボーン

 

 

いつか好きなものが・・・

 

 

大盛りでなくてかまいません

 

 

一人前、食えるようになるまで死んでも死に切れません

 

 

 

 えーん  えーん  えーん

 

 

都市高速で帰ります

今日は日本シリーズの第3戦がナイターでヤフオクドームで行われる予定です

 

 

混むのを覚悟で都市高に乗りましたが全く混むことなくすいすいと

 

 

嵐のコンサートの時にひどい渋滞に巻き込まれた記憶があるので

 

 

特に帰りの愛宕~粕谷間は20分で通過しました

 

 

退院後初めての長旅でしたが私の心配も稀有に終わりました
 

 

明日に反動がなければいいのですが・・・

 

 

これまでは(がん宣告されるまで)毎月お会いしていたのにそれができなくなるのはちゃんと説明しないといけないと思い

 

 

 

 " 食道がんになりました、完治を目指してしばらく治療に専念します "

 

 

 プンプン  プンプン  プンプン

 

 

とはっきり申し上げておりましたので心配されていたようでした

  
 
お客様とお話をさせていただき、ご心配をおかけしましたこと申し訳ありません
 
 
🙏  🙏  🙏
 

ちなみに日本シリーズの2018年SMBC日本シリーズ第3戦は9対8でソフトバンクの勝利でした
 
 
通算成績1勝1敗1引き分けとなりました

 

 

今年の広島は簡単には勝たせてはくれないようです

 

 

食道がんになった有名人
やしきたかじんさん
 
中村勘三郎さん

三浦洋一さん

岡田真澄さん

赤塚不二夫さん
 
ハンフリーボガードさん

立川談志さん



 
桑田佳祐さん
 
大橋純子さん
 
 
他にもお亡くなりになった方もご完治された方も闘病中の方も
 
 
その差って運命なんでしょうね
 
 
😈 「 運が良かっただけかも・・・
 
 
有名人に限らず、圧倒的に食道がんは少ないみたいです
 
 
 
 

どんな金持ちでも一度は死ぬんや!

人間一度は死ぬことになります
 

 

平等にあたえられた運命です
 

 

大金持ちなら多少の延命はできるかもしれません
 

 

しかし、運命はかえられないのです
 


誰もが分かっていることなのですが実際には遠い先の話だと思っています


 

アラ還の私も例外ではありません

 

 

食道に腫瘍が見つかった時も自分に良性腫瘍だと言い聞かせました

 

しかし

 

食道がん(食道がんSTⅢ)の宣告を受け一時は正直、目の前が真っ暗になり絶望しました

 

 

初めてがんへの恐怖が現実のものとして襲ってきました

 

 

そして

 

 

治療が始まりました

 

 

手術は成功した

2クールの抗がん剤治療のあと食道亜全摘、胃管再建手術

 

 

手術後数日たったある日の主治医K先生の手術の報告

 

 

 「 がんは取り切りました

 

 

 「 リンパ節転移はありませんでした

 

 

 「 リンパ節転移はあったのかもしれませんが抗がん剤治療で消えたかもしれません

 

 

術前検査で他の臓器には転移はないと診断されていたのでとりあえずは成功ということになります

 

 

 「 あとは縫合不全、肺炎に注意しながら様子を見ます

 

 

食道がんが亡くなった??

この時点では第一関門突破!!

 

 

正直、ほっとしました

 

 

ニコニコ  ニヤリ  ウインク  おねがい

 

 

2クールの抗がん剤治療のあと食道亜全摘、胃管再建手術が成功しがんが私の身体から消えました

 

 

その後、縫合不全もなく免疫力低下による感染症にもならず順調に回復していき退院の日を迎えました
 
 
これまではがんという目に見える敵と戦ってきました
 
 
それさえ、がんさえなくなれば・・・
 
 
がんさえなくなれば元の生活に戻れる
 
 
照れ  チュー  ニコニコ  笑い泣き  
 
 
そう思っていました
 
 

私の身体からがんが消えました
 
 
それはがんの再発・転移という新たな恐怖の始まりでした
 
 
がんサバイバーとしての不自由な生活を強いられるということを意味するものでした
 
 
つまり、食道がんはなかったことにはならなかったのです
 
 
また新たな恐怖が襲ってきます
 
 
ニヤニヤ  ニヤニヤ  ニヤニヤ  滝汗
 

 ” 死ぬってどういうことなんやろう?
 
 
 ” 生るってどういうことなんやろう? ”
 
 
新たな苦難の始まりでした
 
 
当たり前のことが当たり前に出来なくなってしまいました