2018年2月3日
昨夜、親父を看取り朝を迎えました
一睡も出来ませんでした
8時になるのを待ってお寺さんに電話をします
坊守さん (浄土真宗ではご住職の奥さんのことをぼうもりさんと呼びます) が出られました
枕経(まくらきょう)をお願いして電話を切ります
長い1日だった昨日・・・・
そして、今日からは忙しい日々が何日か続きます
9時にお寺さんが枕経を上げに来られました
そこにいる人間が神妙に座って聞いています
枕経が終わる頃、葬儀社の方もお見えになりこれからの段取りを打ち合わせします
弟K君も同席します
大阪の親戚、遠方の親戚も今日の夕方には駆け付けるということです
通夜・告別式の打ち合わせ
こちらの希望を言っていきます
今日は斎場での本通夜、明日が告別式でお願いします
時間の確認をして
”よろしくお願いします”
お寺さん、葬儀社ともOKでしたので隣組の組長さんへスケジュールの報告へ
通常でしたら組長さんから伝言ゲームのように口伝えで隣組の皆さんに伝わるのです
が午前10時突然ピンポンパンポンと町内放送が
何事かと耳をすませばなんと親父の訃報を伝える町内放送です
私が知る限り故人の訃報を町内放送するのは初めてです
文句を言う訳にもいかずやってしまったことはなかったことにもならず
この時点で親父名義の郵便局の貯金は口座が凍結されました
親戚の把握をしなくては
遠方の親戚が集まってきます
現役を退いたおじ、おばからです
現役の従兄弟たちは今晩のお通夜から臨席してくれるとのこと
この時点で親戚がどのくらいいるのかというと
親父の兄妹が9人、その連れ合いが7人
お袋の弟妹が2人、その連れ合いが2人
私にとってはおじ、おばが20人いることになります
その子供達、つまり私の従兄妹は25人ほどいます
その連れ合いが数えた事は無いのですが多分15人ほどだと思います
そして従兄妹の子供達は把握出来ません
私が知らない親戚でも親父のことは知っているので誰が出席してくれるのか把握する必要があります
今晩の宿と食事の用意、明朝の御斎(おときと読みます)の発注、お通夜の席の用意、など失礼の無いように仕切らないといけません
その前に納棺します
鼻や耳に綿が詰められ棺桶に収めることです
父ちゃん斎場に行くばい
15時に斎場に移動することに
会場に着くと供花(生花)が沢山会場を飾っています
Why(なんで??)
供花1本ずつご芳名を確認していきます
私の会社のスタッフや取引先の会社、兄弟一同、姉妹一同の親戚ほか10本以上の供花が並んでいました
町内会名の供花もあります
(確かに公民館活動は何十年もしてたようだけど)
そして祭壇の両脇には私とK君の名札が付いたひときわ大きな生花が飾られています
(いらんかったな)
そしてメインの祭壇を見てみると
”あれ、祭壇が違う”
明らかに打合せの時に見た祭壇の写真より豪華になっています
葬儀社の専務さんに

”祭壇が違いますよね?”
専務さん:「私の気持ちです」
って?? なに??
専務さん:「お父さんには、若い時に世話になりました、恩返しのつもりで多少アレンジしました」
勝手にしちゃぁいかんでしょうよ??
って、もうやり直してる時間ないし
間違いなく下から2番目の祭壇をお願いしていたのに、どう見てもこの祭壇は上から2番目です
おまけにアレンジしてあるのでオリジナル??
私の思いは、親父の葬儀がこれからの親戚の葬儀の基準になると思ったので見栄を張らずに質素倹約を旨としようとしたのですが・・・
全部裏目に出てしまいました
近年まれにみる盛大な葬儀になってしまいました
せめてお斎(おとき)くらいは、安いほうにしとけばよかったのに高いほうを頼んでしまってます
18時からの通夜に向けて準備が整いました
親族控室に入って私は、通夜の挨拶を下書きしなければなりません
遠方からの親戚が到着するたびに挨拶に立ち、弟K君や主だった従兄弟達が接待役に回ってくれます
夕方17時を回るころには親戚はほぼ到着しています
あいさつ文もできたし後はリハーサルをして本番を待つだけです
親戚が60名の予定です
会場の席は120名分並べてあります
昨日の雪が少し積もっていたので最初は少なめにセットしてもらって足りなくなったら椅子を並べていくということになっています
始まる前から追加の椅子が並び始めています
今日、明日ともに200名くらいの参列者の予定です
焼香台も3つから5つに増えました
お通夜の所要時間ってほぼ1時間で最初のお経が30分、その後焼香になるんで参列者が多いと焼香台が増えるということです
焼香が終わり、お経が終わって親族代表の挨拶になります
私の出番になります
昨日からの雪、足元の悪い中参列いただいたお礼と親父が入院22日で亡くなった経緯を説明してご挨拶とします
予定通りに通夜が終わります
(ここからうんちく)
知らない人が居ると思うのですが
通夜に参列した人はこれで終わりです
でも私たち遺族の通夜は終わっていないのです
何せ通夜って言うくらいだから、夜を通すってことだから、つまり夜通しってこと
ここからもまだ弔問客が来てもいいってことだから、まあ常識的には10時くらいまでは油断できません
ご親戚一同には残ってもらい簡単な食事をしてもらいます
斎場には大阪組が5名と博多の叔父さんそして私の7名が泊まります
お袋は心労も疲労もありそうなので自宅へ戻しK君一家が泊まってくれるように手配しました
明日の告別式はまったく別の挨拶文を考えます
とりあえず長い1日が終わりました