[55日目] 自分が嫌いでも病気は治せる | 過食と私

過食と私

摂食障害のブログです。過食症の克服を目指しています。

昔から、治したいと思っていろんな本やサイトやらを見つけては読んできました。

何か参考にできないか、共感して励まされないか、そんな思いで読むのです。

そんななかで、どうしても受け入れられなかったのが、「自分を好きになろう」という考え方です。
一時期、自分もそれをやってみようとしたことがあります。
だけど、性に合わないというか、どうしてもだめで、逆にストレスに感じました。
自分を好きになろう、と思うだけで寒々しい心地がするのです。

それで、自分は自分を好きだと思えない限り一生病気は治らないのかな、と失望したものです。
「自分は嫌いだけど病気は治った」という人はいないものかと探し続けました。

もっとひどいときは、ポジティブな言葉全般がとにかく嫌でした。

今思えば、言葉のニュアンスだけに過剰に反応しているところもあったと思います。
今は、これでも昔よりかは大人になったので、特定の言葉を無条件に拒むのはやめようと思うようになりました。
「自分を好きになる」ことだって、自分には違和感があるけど、もしもそれができれば素晴らしいことだとは思います。

しかし今でも「自分を好きになる」ことと病気を治すことは別問題だと思っています。
(自分を好きになれたら、治療も進みやすくなるかも、とは思います。)

もしかしたら「自分を好きになる」ということの意味の受け取り方の違いかもしれません。

私は、自分が自分として生きていくことを、どちらかというと仕方なく受け入れた感じです。
最近は徐々に積極的に受け入れるようになってきましたが、当初はそうでした。
ずっと消えてしまいたいとしか思えなかったけど、あるときを境に、自分が生まれたことが取り消されることは絶対にあり得ない、とはっきり自覚しました(当たり前だけど)。
自分のことは嫌いだけど、私は私として生きていくしかない。

そう思ってから、ものすごくゆっくりですが徐々に考え方が変わっていきました。

どうせ生きるしかないのなら、できるかぎり幸せになりたい。
そのためには嫌いな自分を叱咤激励しながら、生きやすい道を模索するしかない。
生きやすくするためには、前向きに考えることも(私にとっては)必要。
人と良い関係を築くことも必要。
そして自分自身がより良い人間になることはもっとも必要。

私のこれが、世間でいうところの(?)「自分を好きになる」に相当する感覚なんでしょうか?
分かりませんけど、自分を好きか嫌いかで言ったら、今でもけっこう嫌いです。
あまりに自分が恥ずかしくて、生まれてきたくなかったと思うことが未だにあります。
必ず立ち直りますが。
「自分を好き」と思えないだけで実際は自分が一番大事なんだけど、ともかく自分に好意を抱けないという感じです。


でも、それでも病気は治せる。

と、今はハッキリ言えます。
昔の自分に言ってやりたいです。

だって、自分が嫌いなうえに、病気も治せないって、あまりに辛いから。
逆に、病気持っているうえに、嫌いな自分を好きになれって、それもけっこう辛いから。


いつか好きになれる日が来ればいいな、とは思いますが。