どうもビックリマーク
上田ですかお

1・17…

阪神淡路大震災から20年!

もう?まだ?たった?

運よく生きている僕。

ただただ運がよかっただけの僕。

紙一重で生きられている僕。

僕は、何をしているのだろうか?

あの日、1995年1月17日、神戸市須磨区は、本当に凄く揺れた!

無茶苦茶揺れた!

僕は、爆弾が落ちたと思ったんだ。

気づいた時には空は真っ赤で…

高台にある僕の実家からは神戸の街が一望できる。

その家からみた景色は、夢の続きのよ~で、ついさっきまでそこに建っていた建物も、ついさっきまで静まり返っていた早朝の街も、一瞬にして消えて無くなっていって、まさに地獄絵図だった!

真っ赤な空、けたたましく鳴るパトカー、消防車、救急車、その他の緊急車両のサイレン、耳にのこる地なりの音、人々の叫び声…

ありとあらゆる音が、まるでスタートがかかった時の芝居のように、同時に鳴り響き出した。

揺れはたった数十秒でした!

って、簡単に言うけど、揺れの中にいた僕達には、数分、数十分にも感じた。

揺れた時は冷静に頑丈な物の下に…

落ち着いて、建物のない公園や校庭に…

座布団を頭の上に乗せて…

僕が学校で教わった避難行動だ。

何の役にもたたなかった。

あの揺れの中で、人間に出来る事はただ一つ!

その場にうずくまり、ただ揺れがおさまるのを待つだけだ。

あの揺れが、あの一瞬の出来事が、あの数十秒が沢山の建物を、沢山の家を、沢山の道路を、そして、沢山の命を奪い去って行った。

そして、沢山の不安を、沢山の恐怖を、そして、沢山の涙を残していった。

あれから20年…

神様が与えくれた命!

神様が残してくれた命!

なのに…

僕は何をしているのだろうか?

僕に何が出来るのだろうか?

………


言葉として、語り継ぐ事!!

それが僕に出来る事の一つなんだけど…

出来ていない。

思い出しもしない。

思い出したくない!

それが言い訳…

ごめんなさい。亡くなった方々。その遺族の方々。

ほんまにごめんなさい。

20年という節目に僕は誓う!

しっかり語り継ぎ、震災を、天災を風化させない事を…

僕の変わりに亡くなってしまったかも知れない方々の為に!


人間が作りあげた物は必ず人間が作り直す。

でも、人間が作る事が出来ない物は、なかなか復興しない。

それが、一番厄介だけど…

頑張ろう神戸!

頑張ろう神戸っ子!

頑張れ東北!

頑張ろう東北!

頑張ろう日本!

頑張れ日本人!

あれから20年。

沢山の支援、沢山の応援、本当にありがとうございました。

やっと言えた…。

ほんまにほんまにありがとうございました。

おおきに!

最後に、20年前、震災で亡くなってしまった方々に…

すみませんでした!

僕は生き延びてます。

命を残していただきました。

だから、僕は絶対に忘れない。

1・17だけは…

この日だけは神戸に向かって合掌する。

思い出す。

そして、これからは語り継ぐ!

強く生きていく。

皆様の分も…!

ほな、ぼちぼちこの辺で…

6343名の方々のご冥福をお祈りいたします。