季節の変わり目を告げる風が夜空を舞い、別の街での買い物からの帰路に、ふと寄り道を決意し、足取りは馴染みの銀座駅の地下道を通り地上の上へと誘われていった。

地下の階段を昇る度に、幻想的な雰囲気が胸に広がりどこか高揚する。


街全体が煌めき、かつての人生の断片が記憶の奥底から呼び覚まされる。
繁華街を少し抜け、かつて毎晩のように通っていた馴染みのBARの存在が忍び寄る。

「久しぶりにあそこに行こうか」

時間が止まったようなその場所で、過去と現在が交錯する。

階段を下り店の扉を開けると、時代の風に逆らうかのようなノスタルジックな看板が薄暗く灯り、その光に誘われるように俺は扉を開けた。店内には酒と煙草の香りが漂い、かつての記憶が俺の心を包み込んでいった。

「落ち着く」

忘れかけていた感覚が蘇り、薄暗いカウンターの隅にはマスターが腰を下ろし、ランプの灯りを頼りに本を読んでいる姿があった。時間はまだ早いのか、静かな店内にただ煙草の煙が舞い、俺の心にほのかな懐かしさが広がる。

「いらっしゃい」といつの間にか耳に馴染んだマスターの声が迎えてくれた。俺は前よく座っていたカウンターの端に座り、ランプシェードの灯りが優しく漏れ薄暗い店内を照らしている様子を見渡した。

変わらぬ雰囲気に、何かほっとした感覚が心に広がった。時の流れがここには通用せず、まるで時が止まったような安らぎに包まれた瞬間だった。

思えば通いだした当時、酒が苦手だった俺にお酒の素晴らしさや飲み方を教えてくれたのはこのマスターがいるBARだった。マスターの豊富な知識からなりまた彼の舌で味わった感覚的な温かなエピソードを含んだアドバイスと共に、オススメされた初めての銘柄のウイスキーを少しカッコつけ恐る恐る口に含んだのが懐かしい。

今夜あの銘柄を、初めての時のように氷を交えてロックでオーダーする瞬間は、まるで時が巻き戻されたかのような感覚だった。

グラスに注がれた琥珀色のアルコールを手首で軽く回し、軽く口に含むと、強いアルコールと相まった芳醇な香りが鼻から抜ける。クラッチバックから持参のパイプ煙草を取り出し、火を着ける瞬間、店内には煙草の薫香がかった魅惑的な香りとウイスキーの優雅なな香りが絶妙に交わり、時間が凝固したかのような艶っぽい雰囲気が漂った。

店内の木製の年期がかったスピーカーから懐かしいピアノの温かな音色が優しく耳に触れた。俺の心をくすぐるのは、ビル・エヴァンスの「マイ・フーリッシュ・ハート」。よく馴染んだ旧友のように迎え入れられるメロディーに、俺は一人言のように、静かに「いいねぇ」と呟き、幻想的な雰囲気に身を委ね、また、ウイスキーを啜る。

少しマスターと話に夢中になっているとカランッとグラス内で溶けた氷が崩れる静かな音。
上質に漂う煙、そして哀愁漂うビル・エヴァンスのピアノの音。何とも至福な時間に、俺はただその時の魅力に浸りきっていた。心の中で静かに囁くように、「この瞬間が、ああ、本当に心地いいな」と感じながら、時の流れに身を任せた。

今は時代が代わり、令和の新たな時代が広がる中、ギリギリ昭和生まれの俺にはこの時間がどこかノスタルジックで、言葉にしにくいほどの懐かしさを湧き起こさせてくれる。古きよきものがどんどん削がれていく時代の流れに対して、心の中には(安定感が減少する)という不安感が漂いつつも、新たな風景に期待と戸惑いが入り混じっている。

思えば若い頃の金曜日の夜と言えば、大人しく寝床につくなんてことは、好奇心故にいても立ってもいられなかった。
金晩といえば街では期待と冒険の香りが漂い、街は輝くネオンで満ち溢れ、魅惑的な体験が隅々に広がっているような感覚が、青春の躍動とともに心をわくわくとさせていた。

数々の出会いや冒険を重ねてきたけれど、その中で最も価値ある時間は、何度も訪れたこのBARのカウンターで静かに過ごす時間だ。強めのアルコールが揮発する香りと上質な煙草の煙に包まれ、1人静かに飲むのもよし。またマスターや馴染みの顔と心の奥底からのひとときを分かち合うことが、俺にとって最上の娯楽で嗜好の時間である。その中で築かれた思い出は、今もなお心を満たしている。

そんなんで、毎回お気に入りの女性ができると、デートコースの終盤はいつもこの店にに運んでいたっけ。
このBARの落ち着いた雰囲気と独自の魅力が、二人の距離を一層縮めてくれるようで、そこでの時間が俺と彼女の関係を深める特別な場所となっていた。

連れがいい女だと、俺もつい調子が出てくる。そんな時は必ずマスターからお灸が当てられる。それはまるで幸せな余韻に対するユーモラスな一発だ。マスターの独自で辛口なユーモアが、素晴らしい時間を共有する中でのほっこりとした瞬間となり、そこから更なる笑いと共感が生まれて心が温かくなる。

俺は新しいも利便性やコスパ、世の風潮など要はは流行りなどではなく、どこか古きよきお洒落な雰囲気を何よりも大切にしている。
こうした場で全く健康的とは言えない嗜好品に囲まれ五感で味わう。俺語でいうと、まさに時間そのものが嗜好なのだ。

これは本当に無意味なのだろうか?

いや決して無意味なことではない。雰囲気を大切にし、嗜好品に囲まれて五感で味わうことは、心に安らぎと満足感をもたらす重要な行為だ。その中で感じる喜びや美しさは、人生において意義深い瞬間となり、日常に贅沢なひとときを加えてくれる。

このような体感を通じて気づくのは、何でも味わい深いものは実に素晴らしいものだということ。雰囲気や嗜好品を大切にすることで、人生には予測不可能で奥深い美が広がっている。それはまるで、ただ生きているだけでは気づけない、人間の感性が織りなす宝物のようだ。

そんな風に過ごしているうちに、ついつい酒が進み、あっという間にグラスが空になっていた。マスターが「おつぎしましょうか?」と声をかける中、次の一杯はどうしようか考える。良いウイスキーは常温でストレートに飲むのが本来の飲み方だが、ハイボールなど加水することによって香りが広がるのが楽しめる。
俺はハイボールなどという平凡な言葉ではなく、「ウイスキーのソーダ割り」という粋な言葉を選んだ。

ちょうど2杯目が俺の前に置かれる時に、店のドアの開く動作で鈴が鳴った。
落ち着きを失いたくないので、誰かが来たからといってキョロキョロせず、黙々とその場を楽しむよう心がけた。
ヒールの音が響き、女性1人が入店したことを感じ取れた。
その存在感に、意識が集中してしまうのは男の性だろうか。

数席飛ばして着席した様子。
まだ姿は見ずとも、マスターとの会話の声からだいたいの女の雰囲気や容姿が漏れてきた。
その微かな会話から感じる、どこか上品で穏やかな女性の姿が店内に近づいてきたことが分かる。その雰囲気が、店内に心地よい静寂を纏い、期待が控えめに広がる。

「彼女は最初に何を頼むのだろうか」 

このような些細な瞬間を逃さず楽しむことも、その時間を酒のつまみにして大人の空間を味わう醍醐味の一つだろう。

時に、直接会話を交わすことなく、その場に居る者同士が意識を共有し合う瞬間がある。
それはまるで、空気中に漂う微かな電流のようなものであり、心と心が交差する美しいロマンスの一場面と言えるだろう。

ドラマのような
「あちら様から」
などという臭いことはできないが、マスターと女性との会話に耳を傾けることは、まるで小説の一場面のように興味深いものだ。
その会話から漂う空気感や微妙なニュアンスが、不思議な魅力を持ち、店内にひと味違ったドラマを演出している。

だいたい三杯ほどで帰ろうと予定していたが、人間というのは単純で、楽しいとついつい居座ってしまうものだ。
時間が過ぎるのを忘れ、その場の雰囲気に心を奪われていく。
そんな心地よい余韻に身を委ねながら、久々に時の流れを忘れることができた。

実にいい夜だ。

限られた人数の空間で、いい大人の男が黙り込んでいるのは野暮な話だ。
そういった場合、聞こえてくる会話に軽く頷いてみたりしながら、波長を合わせていくことが大切でありスマートな振る舞いだ。
その穏やかな流れの中で、新たな会話やつながりが生まれ、いつの間にか三人の輪の会話が生まれる。

お話をする前、しばらくの間、静かに彼女の声に耳を傾けていた。
その美しい調べが、心を柔らかく包み込むように響いてきた。
そして、その心地よさを伝えると、女性の顔がほんのりと赤らんだ。
その瞬間は、お酒のせいではなく、心の奥深くに漂う特別な感情が彼女の瞳に映し出された。

また自分で言っておいて便乗して気分が良くなったのか、いっそう酒が進んでいく。
その心地よい余韻に包まれながら、お酒の美味が一層深まっていくのを味わえた。

こうしていつものごとくその先の記憶は酔いとともに消えていくのである。