皆様お疲れ様です。
今回は先日のお盆の時に
少し思った事を呟こうかなと思います。
心の整理に近いですかね
ちょっと変な事を言うかもしれませんが
お付き合いいただけますと幸いです
若干哲学的です(笑)
よろしくお願いいたします。
私達夫婦は長男、つまり子供を亡くしました
でも娘や次男からすれば
兄を亡くした事になります。
同じ人物を亡くしてはいますが
私と娘達では
見え方って違うのかなと思ったんですね。
私はひとりっ子なので
そもそも兄弟がいません。
なので兄弟を失うという事が
全く想像出来ないんです。
だからといって
娘達の目線で見たいのか?と言えば
別に見たいわけではありません。
ただ、同じ人物を喪っていても
感じ方とか社会的見方が違うというのが
ちょっと不思議だなと思ったんです。
そしてお盆に集まってくれた従兄弟親子
男兄弟2人とお父さんの3人家族
お母さんは18年程前に他界しています。
当時、弟の方はまだ高校生
でも今は2人とも結婚していて
弟の方には2人の子供がいます。
なのでそこには
パートナーを喪った父親と
母親を喪った子供達がいる事になります。
私達夫婦は子供を喪った
娘達は兄を喪った
従兄弟は母親を喪った
その父親はパートナーを喪った
なんか、こう考えたら
みんな誰しもが
大切な人を喪っているんだなって
思ったんですよね。
従兄弟だって高校生とか多感な時期に
母親を喪う事なんて想像を絶すると
思うんですよね。
そのお父さんだって
早くにパートナーと離れてしまうなんて
思ってもみなかったでしょう。
だから誰もが辛い別れを経験して
今、この場にいるんだなって思いました。
それと同時に
そういう事って自分の目には見えてないだけで
街を行き交う人達にも
みんな持っている悲しみなのかなとも
思ったんです。
確かに子供を喪うというのは
悲しみの中でも特に辛い別れだとは思います
でもだからといって
他の別れが辛くない訳でもなく
当然全部辛い別れなんですよね。
そんな悲しみを各々抱えた人達が集まって
泣いたり笑ったりしている
人って自分が思っているよりも
支え合っているんだなと
そんな事を思いました。
もちろんブログで繋がっている
皆様も同じなんですけど
境遇が似ている方も多いので
また違う支え合い方といいますか
リアルとはまた違う部分を
支えてもらってる気がします。
こんな悲しい出来事があると
当然受け入れる事なんて出来ないし
目も背けたくなる
悲しみがどんどん膨らんで
自暴自棄になったり
周囲の楽しい笑い声ですら
自分への攻撃と感じる
そして心が孤立して
何もしたく無くなってしまう
気力が無くなる
自分も居なくなりたくなる
おそらく全員が
一度は思った事あると思います。
でも時間だけはどんどん流れていき
また悲しい境遇の人が
その時間だけ増えていく
だからみんなどこかしらで
何かの悲しみは持っているんだろうな
だから頑張ろうっていう訳じゃないけど
でも、生きていかなきゃ
自分だけが歩みを止めてもな、と
皆で進んでいきたいなと思いました。
お空の世界にも時間はきっとあって
皆の大切な人達は
その中で生きているのかなって
先日ブロ友さんがオススメされていた
Netflixの「THE PARADES」(パレード)
これを見てそんな事もぼやっと思いました。
このドラマ
亡くなった人が
この世にやり残したものがあると
この世に留まり、それをやり遂げるっていう
お話なんですけど
会いたい人を探してて
そしてその人を見つけ
声は届かないけど
愛おしそうに見つめていて…
…っていうシーンを見てたら
もし私も長男にもこんな風に見られてたら
どうしようかな?
涙止まらないんだけど
なんて思ってしまいました。
色々な話がごちゃ混ぜになりましたが
私達にも流れる時間があって
お空にもきっと時間があって
いつかどこかで交差するのかなと
だからやっぱり
辛くても生きていくんだなって
自分だけじゃない
みんな同じ
同じ時間と悲しみを共有する者同士
行ける所まで行ってやりましょう。
そんな偉そうな事を
ちょっと思ってしまった私でした
すみません(笑)
最後までお読みくださり
ありがとうございます。
追伸:ちょっぴりネタバレしちゃうけど
上で書いたシーンがちょうどありました
もしも長男がこんな感じで見ていると
思ったら胸が詰まります
そして横浜流星の演技最高
やられたぜ!(笑)
はじめましての方へ
よろしかったら
こちらもお読みいただけますと幸いです。
私の新しい人生の出発点です
どうぞよろしくお願いいたします。