なすの学習塾 西山です
塾での指導をより効果的なものにするには、学校の授業で、どんな先生がどんな授業の進め方をしているのかを知っておくことも重要です。
なので結構な頻度で生徒さんには学校での授業の様子を聞かせていただくのですが、
「先生の授業がわかりにくい」
「余計な話ばかりで大事なことを教えてくれない」
なんていう不満はよく耳にします。
特に多いのが、社会科の先生の「無駄話」の件。
確かに、今思い起こしてみると、私が中学生の時もいちばん余談が多かったのって社会の先生でした^^;
これですねえ、不満に思う生徒さんの気持ちもよくわかるのと同時に、なんとなくその先生の気持ちも察してしまうんですよねえ。
先日、塾で中3生相手に、今年初めて公民の指導をしたのですが…
解説したい範囲がだいたいテキスト見開き2ページぶんだったので、
まあ1時間あればおわるかなと思い始めたところ
1時間で予定の3分の1しか解説できずに終わってしまった
社会科の勉強って、結局教科書をしっかり読めば独学で身についてしまうし、確認も学校のワークや塾の問題集をしっかりやり込めば完璧にできてしまう。
でも、歴史や世界地理になんて興味も親近感も持てない生徒さんにとって、その王道と言える学習にたどり着くまでが本当に大変。
なので、ちょっとでも興味を持ってもらえそうなネタを散りばめて解説しようとするんですが、そのバランスが悪いとその時の私みたいに予定していた範囲を解説しきれずに終わってしまったり、はたまたもっとバランスを崩すと、塾生が言う学校の先生のように、
「余計なことしか言わない」
になってしまうわけです。良かれと思ってやったことが空回りする典型例とでも言いましょうか^^;
高校時代、
私の母校、大田原高校に、凄まじい社会科の先生がいらっしゃいまして…
3年間、ほぼ全ての授業時間において、教科書の内容の解説なんてしたことがなくて、
だいたいいつも話すのは、野球・相撲・あと時代劇(笑)の話。
時代劇に至っては、もう役者さん本人になり切ってセリフまで物まねして…と言ってもだいたいは既にお亡くなりになったような方の真似なので似てるのかどうかすらわからないんですが…
もう、なんの授業だかわかんないわけですよ。
まあ、今だったら間違いなく、生徒の誰かが親に話して、その親御さんから学校にクレーム行ったら相当な大問題になるレベルです(笑)
それがねえ、私たち、真面目だったのでしょうかねえ。
誰一人、文句も言わず、他のどの授業よりも静かに、しっかり目と耳を傾けて、そのへんてこな授業を3年間受けていたんですよねえ。
今でもはっきり覚えているんですが、3年間でたった一度だけ、その先生が黙々と、教科書の内容を解説しながら黒板にきちんと要点も板書し、最後まで完璧に授業をやり切ったことがあって…
その授業が終わった後、私たちみんな、しばし何が起こったのか理解できず、ぽかーんとしてた場面が鮮明に浮かんできます。
しばらくして、
「俺たち、なんか悪いことしたっけ??」
なんて会話がちらほら。
ちゃんと授業やって、生徒に驚かれる先生って一体…(笑)
そんな感じの授業を3年間受けていても、みな社会科系の模試の成績も良かったですし、自分も受験において日本史が一番の武器になったわけで、じゃあ学校でのあの先生の授業はなんだったの?
役に立ったかと聞かれても、無駄だったのかと聞かれても返答には困っちゃいますけど、まあ前述した「なんとか生徒に興味を持ってもらいたい」社会科の先生の「超進化系」なのかなあとでも思うことにしましょうかね^^;
私は大好きな先生でしたよ。

でも、実際授業できちんと教科書の内容を説明してくれない先生にはやっぱり困ってしまいますよね。生徒さんのその気持ちもよーくわかります。
で、どうするかという今日の本題。
ちょっとドライな言い方になっちゃいますけど、
「自力で頑張れ」としか言いようがないんですねえ。
生徒さんに細かく授業の進め方を聞いてみると、まあ余談は多いけれど、指導すべき範囲のプリントみたいなものは配っているので…
まあもっとそこをしっかり説明して欲しいという気持ちはわかるけれど、大田原高校時代の私たちが教わった先生ほど、ぶっ飛んだ極端なものではなさそうなので、教科担任を変えて欲しいという要望が通る確率は低い。と言って急にその先生の授業がわかりやすいものに変化することも望めない。
ではどうやってその、授業での説明不足を補うかと言ったら、塾でもフォローするけれど、自分でもやれることをやるしかないだろう、ということになっちゃうんですよね。
先生の教え方が悪い、または去年までと違う先生になったら急に理解しにくくなった、というのはよくあることで、それはやっぱり学校側がきちんと対応すべき問題ではあるのだけれど、
じゃあ何も変わらなかった時、それを理由に成績が下がった教科の点数を補填してくれるようなシステムは、当たり前だけど入試にいては存在しないわけで、大変だしついてないなとは思うけれど、あとは自分で何とかしなきゃ、損だよねってお話です。
なので、普段中学校の文句ばっかり言ってる私ですが、この件に関しては、思いっきり生徒さんの立場になって
「その先生、ひどいよなあ」って言うけれど、
「でも、それを理由に成績落とすの悔しいから頑張ろうね」って言葉を付け加えることも絶対忘れません。
いつも言っていますけど、
やらない、できない理由を探すより、やる理由見つけた方が楽しいですからね^^
ま、スポーツ大会のトーナメントの組み合わせと同じで先生の当たり外れもくじ運みたいなもんです。結局きちんとやった人に結果はついてくる(確率が上がる)という意味ではスポーツも勉強もこれまた一緒なのです。

ここから先は得意の余談です。
超長い上に、私見の塊みたいな文章です^^;
テーマは引きずりますが、塾とお勉強には全く関係ありませんので本当にお暇な方だけお付き合いくださいませ。
昨日の千鳥に続いてまた吉本の話題になるんですが、
例の「闇営業」とやらの件。
いろんな芸人さんがコメントしてますが、なんかパッとしないというか、響いてこない。
そんな中、ちょっと面白いなと思ったのが、キングコング西野さんの、無期限謹慎になった芸人さんについての自身のコメント。
「俺だったらすぐ吉本辞める」というもの。
「客観的に考えて、吉本がクビにせずとも、今回の件で極端にイメージを悪くした芸人をテレビで使おうとはならない。スポンサーが絶対許さないだろう。まして2、3ヶ月の謹慎ならともかく、1年も姿を見せないでいた芸人に需要などない。そんな未来のない謹慎なら、宣告された瞬間に「辞めます」って言う」
みたいなニュアンスです。
どこの点を面白いと思ったかと言うと、
まあ多くの芸人さんは、真っ向批判する側、ちょっと同情する側、そんな立ち位置でのコメントに終始していますよね。
あとメディアは、吉本の「ブラック体質」みたいなものをやたら報道してる。それに乗っかってギャラの安さなんかを暴露してる芸人さんもいます。
西野さんは、そこじゃなく実際に自分が「謹慎」という処遇に遭ったらどうするか??って視点で話してるところに興味を持ったんですよねー。
今回の吉本の件て、なんかだんだん論点がぼやけて来ちゃってて、セブンイレブンの24H営業問題同様、企業のコンプライアンスを問う、ブラック性を拡散してみんなで叩く、みたいになってる気がするんですが、
そもそも吉本もセブンも、「ここで働きたい」「こういう仕事をしたい」と希望する人を募って、条件もおり合わせた上で受け入れたわけですよね。なんで、自ら進んでその世界・企業のの元に入った方が、後だしじゃんけんみたいに条件面での文句を言って自分とこの会社を批判するのかなあ。
私も、サラリーマン時代、10年お世話になった会社に愛想つかせて、西野さんじゃないけどある一瞬で「辞めます」って言って辞めたクチなので、自分から入った企業の悪い部分や気に入らない部分が後から見えてくる、なんてことにはすごく理解があるつもり。
だったら、辞めればいいんじゃないの?って思ってしまう。
仕事にやりがいを感じていれば、会社に対する不満にそれが打ち勝って続けるパワーにもなるだろうし、また企業にとって自身が絶対的に必要な存在だったら、ある程度自分の意見も通って会社に残ることも可能かもしれない。
私はそのどっちにも当てはまらなかったから、止められもせず辞めたわけで、たいそう自分は会社にとって大きな存在だと自負していたけど、なんのこっちゃない、まだまだ代わりの利く1人の社員だったわけです。
どっちが正義とか、企業とはどうあるべきかとか、そういうことを追求すること自体放棄して、ただ我慢して頑張れとか、会社の文句言うなとか、そういうことじゃなくて。
もっと自分を大切にしてて、やりたいことやって生活して行きたいんだったら…
そこに拘り過ぎてたら人生終わっちゃうでしょ?って話。
吉本だったりセブンの文句言うのと並行してでもいいから、やっぱり自分はこの仕事に向いてるのかとか、もっと言えばこの仕事で生活していけるスキルはあるのかとか、考えないと損してないか?って思うんです。現に吉本の所属芸人や、セブンのフランチャイズのオーナーさんの中にだって成功して文句ない収入を得ている人はたくさんいるんだし、その人たちと自分のどこに差があるのかは、置かれた状況とは別にしっかり自己分析できなきゃだめでしょう。
だから西野さんの、「辞めたらその後どうする」的な話なしに、とりあえず残ってもうまく行く可能性がないなら辞めるっていう、めちゃめちゃ自分本位の目線でのコメントにものすごく魅力を感じたのでした。
自分の属する集団のシステムの善し悪しの評価より、自分のその後の可能性について考えてる点ですごく建設的かつ合理的だなと。

日本の競馬界のレジェンド的存在の武豊さんの言葉に、こんなのがあります。
「たくさんいい馬に乗ってたくさん勝っている外国人の騎手を見て、『あんな強い馬にばかり乗っていれば誰でも…俺だって勝てる』なんていう騎手がいるけれど、そんなことを言う前に、何故自分がその馬に乗せてもらえないのかを考えるほうが余程大切です」
JRA(日本中央競馬会)が外国人騎手にも免許を与えることを認めてから、勝利数・獲得賞金のトップは常に外国人ジョッキーが占めています。去年もその勝利数は、300以上。常時騎乗可能な免許を与えられる騎手以外の「短期免許」でレースに乗る外国人の騎手も含めたら、その数はもっと増えるわけで、単純に日本人の騎手たちその煽りを食っていると言えます。JRAがその制度を導入しなきゃ、その300勝は日本人の騎手で分け合えていたわけですからね。
もちろん武騎手だってその1人で、今までだったら絶対に武さんに騎乗依頼が来ていたであろう、強いお馬さんにも外国人騎手の方に依頼が行くケースなんて山ほどあります。
JRAのそんな方針に文句を言いたい騎手の気持ちもわけるけれど、それを成績不振の理由にせず、自分がその外国人騎手より上手いと思われていないのが原因だから。と言えちゃう武さん、かっこよくないですか~!?

国や企業・団体が所属する人たちの立場になって物事を考え、皆がなるべく不平・理不尽さを感じないようにする努力、また必要以上に所属する人たちの利益を侵害することのない(またそう感じさせない)努力は継続して行われるべき重要な課題であり、そこに属する側もその課題に対し自由に要求できる権利を持っていると思います。
けれど、自分の人生においてうまく立ちいかない要因をそこにばかり求めていても、つまんないよなあと。
だったら、そこに留まるにせよそこから離れるにせよ、自分を変えた方が…どんな風に変えるかは自分でみつけるしかないのだけれど…手っ取り早いし楽しいし、生きてる感ある気がするんですがどうでしょうね?^^;

先生の教え方がわかりにくいという中学生さんと、企業のやり方が良くないと不平を言う大人をおんなじ土俵に上げて話すつもりはないんですよ。でも、
学生のうちから、「世の中には理不尽だけどなかなか変わらないこともあるけど、そこでどう生きるかを考えるのも楽しめたらいいよね!」
なんて思えたら…
なんかその「理不尽さ」さえも凌駕しちゃう大物、その理不尽さ自体を変えることのできる大物も生まれるかもしれませんしね
絶対に、日本のどこかに今生きてる子供たちの中からそういう存在が生まれるのは確かじゃないですか。だったらうちの塾から出してあげたい。
誰かのせいで自分がつまんない生き方する必要ないんだよぉ、
楽しく生きるために、やれることしっかりやろうぜ!
というお話でした。