ゲーム依存症対策条例 | なすの学習塾 塾長のブログ 那須塩原市 学習塾

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日々の塾講師ライフでの出来事・気づきを徒然なるままに...


香川県で、「ネット・ゲーム依存症対策条例」なるものが可決される見通しらしい。

条例といっても、破ったら罰則、みたいなものではなく、県民を依存症に陥らせないため、市や学校と連携して啓発活動を行うことを県の責務とする条例とのことです。


自分が中学生の時、「ゲーム依存症」なる言葉が存在していたら、間違いなく私は該当していたと思います(^^;)

部活サボって、早く家に帰ってゲームしたいなんて毎日考えていたし、ゲーセン通いなんて日常茶飯事。
ゲームに夢中になって、気づいたら朝になっていて寝ずに学校に行ったこともありました。

そんな私が言うんだから間違いありません。
ゲームする時間を減らしても、勉強時間は増えません。

1日のゲーム時間と学力の関係については、ちょこっと調べればいろんな研究機関の調査結果を見ることができます。1日60分以上ゲームをする子供の学力は相対的に低いことが証明されているらしい。

そんなもん、当たり前でしょう(^^;)

でもねー、だからってゲームする時間を減らすことで学習時間が増えるなんてことは絶対ない。
仮に罰則を設けたとしてもです。
間違いなく、子供たちは勉強以外の別の何かを見つけてそっちにのめり込むでしょうね。

じゃあ、どうするか?
やるのは難しいけれど、答えは簡単です。

勉強時間を増やせばゲームする時間は減ります。

ゲームする時間を減らすことで勉強時間増やそうなんて、まどろっこしいことやらないで、勉強時間増やすこと考えりゃいいんです。

私のゲーム依存症は中学生時代にとどまりませんでした。高校2年の前半くらいまで引きずっていたと思います。

とりあえず高校入試レベルでは全く支障は出ませんでした。とにかくゲームがしたいので、学校の授業を全力で集中して受けたからです。それさえできていれば、まあ地域最上位の進学校に合格するくらいは大して難しいことではありません。

ただ、高校に入るとそうは行きませんでした。
入学当初から真ん中より下だった成績は更に下がっていきました。ゲームはやりたかったけど、さすがにこのままだと行ける大学もない!!という状況に陥るのは目に見えている。

今までよりは、ちょっとやらなきゃ、という危機感を持ったのが変わるきっかけですね。

何せ依存症なんで、ゲームに費やしていた時間は毎日腐るほどあったわけです。
だから学習時間の確保は簡単です。単純にその時間を削って勉強に当てればいいだけですから。

ちょっと勉強してみて結果が出ると、勉強は本当に楽しくなります。
クラスの中でも上位の点数を取れる教科が出来てくると、中学生の時以来久しく忘れていた、「羨望の眼差し」を高校でも浴びることのできる喜びを高校でも感じることができて、これがまた次のステップへ進むモチベーションにも繋がる。

こうなると後は好循環しか生まれなくて…
気づけばゲーム機なんて、部屋のどこにあるのかすら分からなくなってました。

私の学生時代の勉強は、

・学校の授業だけとにかく集中して受けていれば成績上位の常連だった小中学生時代。

・「できるヤツら」の集団に飲み込まれて、思いっきり挫折感を味わい、勉強に対して極度に無気力だった高校時代前半。

・頑張ればできる!! ということに気づき、コツコツやり続けて結果を出し、新しい知識を得ることの楽しさを味わいながら楽しく勉強した高校時代後半。

・その結果、大学に進学し、大学生活を満喫しながらも、自分が本当に学びたいものに出会い、好きなことを思う存分学んだ大学時代。

こんな感じに分類できます。
学業と向き合う上で、自分がいろんな境遇におかれたことは、今、塾の講師をやる上でとても大きな財産になっている気がします。

できる子の気持ちも、できない子の気持ちもよくわかるからです。また、努力して結果を出すこと、楽しく勉強することも、押し付けじゃなくて自分の経験を話すことで生徒さんに伝えられるからです。

もちろん、中学生の時ゲームばっかりしていなければ…と、今更考えてもどうしようもない、仮の可能性について思いを巡らせたことも、ないわけではありません。でも、その結果あの時ゲームになんてハマらなければ良かった、と後悔したことは一度もありません。やっぱりあの時間があって今の自分があるのだと思えるから。


ゲーム依存症対策条例なんて、くだらないとは思うけれど、だから反対とか言うつもりはサラサラありません。
でも、そんな条例を制定する大人たちにではなく、子供たちに言いたいことがあります。

好きなことを禁じられたり規制されたりすることに苦痛を感じるより、
自分のために、今自分ができることを
もう少しだけ真剣に考えてみよう。

そこには必ず、「気づき」があるはず。

大人たちが「無駄」だと決めつけているものを、
そうじゃないんだと言えるようになるために、

気づいて、変わろう。


とりあえず、ちょっとだけ気づいて、変わった、

大昔の中学生から今の中学生へのメッセージでした。