とんでもない先輩の話 | なすの学習塾 塾長のブログ 那須塩原市 学習塾

なすの学習塾 塾長のブログ 那須塩原市 学習塾

那須塩原市で学習塾の塾長をしております


日々の塾講師ライフでの出来事・気づきを徒然なるままに...


高校時代を帰宅部で過ごした僕は、大学に入ると大好きな野球のサークルに入りました。


僕の大学の野球部は当時日本で1、2を争う強豪で、有名なプロ野球選手も多数輩出していたので、サークルなんて適当に練習して、試合に勝っても負けても楽しくできたらそれでいい、みたいなノリでやってるんだろうと思っていたし、そもそもサークルに入った一番の理由は可愛い女子マネージャー目当てという不純なものでした^^; (これは最初に見事に騙されました。勧誘の時にいた素敵な先輩マネージャーさんは全員サクラで、僕が入ったサークルにはマネージャーさんなる女性生徒は1人もいませんでしたしょぼん)


入ってみると、想像していたのと少し違っていました。チームは弱かったけど練習は結構真剣で自分にはつらかったし、高校時代無縁だった先輩後輩の上下関係もなかなか受け入れられず、中学の時部活動で嫌な先輩に意地悪された思い出がフラッシュバックしたりして、結局楽しめなくて2年生になったころにはほとんどサークルに顔を出さなくなっていました。



そんな中で唯一、僕がサークルに顔を出さなくなった後も、何かと連絡をくれて飲みに誘ってくれたり、家に呼んでくれてバイトで焼き方を覚えたというステーキをご馳走してくれたりと、やたら面倒見のいい先輩がいました。何故かその先輩はサークルで一番野球が上手く、熱心で上下関係にも厳しい典型的な体育会系の人で、僕が一番苦手なタイプでした。



僕は文学部で、同学部には圧倒的に女性が多かったので、サークルに顔を出さなくなってからはほとんど体育会系の男子と接する機会がなくなってしまったのだけれど、不思議とその先輩は嫌いにならなかったし、むしろ誘われたら喜んでどこにでも出かけていました。その先輩も、「お前は理屈っぽい」とか「オレとは正反対の人間だ」とか、まあ好かれてるとは到底思えない言われっぷりだったのですが、お互いが嫌いじゃないことは2人の間の空気が証明してくれてる、そんな関係に思える人でした。



その先輩が話してくれた、僕の想像の範疇にはとても収まらなかったエピソードを紹介したいと思います。



先輩の右手の小指は何か物を掴む時のままのように曲がったまま動きません。麻雀で牌を積む時などは小指を使うので、先輩はいつも右端の牌を上手く掴めずポロっとこぼしてしまいます。

もちろん僕は理由など聞けずにいたのですが、ある時先輩がその理由を話してくれました。


先輩は山口県の出身で、ある高校の野球部に所属し甲子園を目指していました。強豪校だったので1、2年は補欠。3年の夏、遂にショートのポジションを獲得して夏の県大会に向けて練習に励んでいたのです。


県大会を直前に控えたある日の練習中、ノックを受けていた際ボールがイレギュラーして小指を直撃しました。ただの突き指でないことはすぐわかったそうです。先輩は小指の第一関節を骨折してしまったのです。


普通なら即病院に行きますよね?でも先輩は、病院に行ったらその瞬間自分の3年生の夏が終了することを知っていました。病院には行かず、小指をテーピングしただけでその後も練習に参加し続け、夏の県予選に出場するのです。


話を聞いている途中で自分の体から血の気が引いていくのがわかりました。当時20歳そこそこの自分にとって、ここまで壮絶な誰かの覚悟と行動を聞いた記憶がなかったのかもしれません。ガタガタ震える足を先輩に気付かれないように一生懸命立っていようとしていたことを覚えています。


準決勝敗退。その日までガチガチにテーピングを施されたままだった小指は、バットを握るため曲げられた形の状態で骨がくっついていました。


その日、先輩の夏と、彼の高校生活が終わりました。彼は高校生活の全てを野球に捧げていたからです。かのイチロー選手も、中学を卒業しプロを目指すと決めた時から学業は捨てたと語っています。メジャーリーガーになれなくたって、甲子園に出たからと言ってプロになれる人間は一握りだとわかっていたって、野球に賭けた先輩の情熱はイチローにも負けないものだったと思います。たとえそれが常識外れで無謀なものだったとしても、誰に彼を責める権利があるでしょうか。


そんな先輩の高校卒業時の偏差値は30ちょっとだったそうです。そこから1年、東京で予備校に通った先輩は偏差値を30近くも上げて、僕と同じ大学に入学しました。今話題のビリギャルのような、理論的でシステマチックな講師との出会いが生んだ奇跡などではなく、単なる根性論で死にもの狂いで詰め込みまくった挙句に勝ちっとった合格で、美談に出来る余地もへったくれもない話です。うちの塾に通ってくれている生徒にも話せませんねえ。この話をして、何かのヒントにしてもらおうと思っても、それを上手く伝えるスキルが40過ぎてもまだ僕にはない気がします。



スマートでわかりやすい、僕の理想の「人に優しい学習法」は先輩の根性オンリーの学習法と融合する余地があるのか。自分なりの答えが出せた時僕は生徒に先輩の話をしているかもしれませんね。先輩、もう少し宿題にさせてください。20年経っても先輩のぶっ飛んだエピソードが信じられない自分がいるわ^^;