前に書いた約束(?)どおり、今回は伊藤智仁さんについてです。野球が好きな方であれば、スライダー投手で思い浮かべるのは、藤本さん、稲尾さん、現役だと岩瀬さん、そして今回のテーマ、伊藤智仁さんだと思います。(スライダーだけのキレなら広島の林さんもすごいですね)藤本さんと稲尾さんは残念ながら現役時代を知らないので何ともい言えませんが、伊藤智仁さんの場合、リアルタイムで見られたのもあり、深く印象に残っています。


 伊藤智仁さんの決め球がスライダーでした。しかもただのスライダーではなく「高速スライダー」と呼ばれるものです。1993年が伊藤智仁さんのルーキーイヤーだったんですが、ストレートのスピードがMAX147km/hで(これは速い部類に入ります)、その高速スライダーの急速がなんと140km/h代ビックリマークようするに、球速からしてストレートがきたと思ったバッターの目の前で、真横にスライドするのです。こんなもん打てますか?普通の投手は例えば140km/h代のストレートを投げるとして、スライダーは大体120km/h代。と、この程度の差(20km/h~30km/h)が出てしまいます。それがないこのすごさが分かっていただけますでしょうか?拙い説明なので無理ですかね(笑)


 テレビで見て曲がってるのが分かるくらいすごいんですよΣ(・ω・ノ)ノ!しかも、手元でちょっとだけ曲がるカットボールみたいに、曲がってんのか曲がってないのか分かんないことはなく(ニューヨークヤンキースのリベラは別格)思いっきり曲がってます。テレビで鳥肌が立つくらい曲がってます。140km/h代のスライダーが思いっきり曲がる。はい。打てないですね。


 で、伊藤智仁さんがそのルーキーイヤーに残した成績が、7勝2敗。防御率0.91、完封が4試合。1試合16奪三振というとんでもない数字を記録しました。しかも、前半7月まででこの成績でこれです。(右肘を故障したため前半戦のみの出場)


 その後肘や肩等を故障し(高速スライダーは諸刃の剣で、ものすごい威力を発揮する代わりに肩を壊しやすい)手術をしたリハビリもあり3年間を棒に振ってしまうわけですが、1997年に今度はクローザーとして復活するわけです。そこで彼が見せたのは、なんとストレートの急速がMAX154km/h∑(゚Д゚)んなアホな。故障してた人ですよ?何で故障する前より速くなってるんですか!!(まぁリハビリで筋力をつけたっていうのもありますが)で、140km/h代の伝家の宝刀「高速スライダー」も健在。これはもう・・・。絶対に打てません。で結局、この年は7勝19セーブをあげて、カムバック賞をとってしまうのです。


 しかしその後やはり怪我に悩まされ、再度手術もして復帰に挑むわけです。年棒も大幅ダウンをし(9000万から1000万へ)事実上の引退勧告を出されながらも、伊藤智仁さんは懸命にリハビリをしながら現役復帰を目指すんですね。



そして・・・。



 運命の日。2003年10月24日。この日、コスモリーグの対巨人戦に登板した伊藤智仁さんのストレートの急速は・・・、109km/h。あの時のあのイメージが、フラッシュバックされました。あの150km/h代のストレートと140km/h代の高速スライダーで次々と三振をとっていたあのイメージが頭をよぎり、本人でもないのに涙が出ました。終ったな・・・。っと。鳥肌が立ちました。最初に見たときの鳥肌とは正反対のものですね。


 大投手ゆえの結末なのでしょうか。だからこそ、こんなにも心に残っているのでしょうか。元ヤクルトのキャッチャー古田敦也さんは「今まで受けてきた中で最高の投手は誰か?」という質問に「伊藤智仁」と即答したという。


 野村克也監督は伊藤智仁を潰してしまったのは、コーチの球数の忠告を聞かず、無理に投げさせてしまった俺の責任だと言っています。


 あの明らかに暴投だなと思う角度からストライクに収まる高速スライダー。バッターがデッドボールだと思い避けようとした球がストライクに収まるあの高速スライダーをみることはもうできませんが、リアルタイムにみることができたのは、本当に幸せでした。



でわε=ε=ε= ヾ(*~▽~)ノ


因みに、パワプロはこの年(1993年)に第1弾が出たんですが、伊藤智仁さんばかり使っていましたね(笑)しかも高速スライダーばかり投げてました。。。