家族5人の大移動
それから家族5人で引っ越すことになった。
お兄ちゃんが二人、お父さん、お母さん。
はじめはお父さんの仕事先の男子寮に住むことになった。
このころの記憶にも母と父が話している光景はない。
でもお兄ちゃん達とよく近くの川で遊んだ。楽しかった。夢中だった…
こっちにきてからの思い出は結構まだ残ってる。
お父さんはホテルの仕事で時々遊びに行った。お父さん子ってよく言われた。
お母さんは怖かったのか優しかったのか…何にも話さない横顔だけが出てくる。
いつだったか保育園の登園の時に、泣き出して園から逃げ出したことがある。
近くを逃げ回って大きな岩に隠れていた。泣きながら…
数時間後…見つけてくれたのは先生だった。「出ておいで」のひとことでわぁーっと泣き出した。
この頃からあたしのまわりには誰かしら救いの手を差し延べてくれる人がいたのかもしれない。
お兄ちゃんが二人、お父さん、お母さん。
はじめはお父さんの仕事先の男子寮に住むことになった。
このころの記憶にも母と父が話している光景はない。
でもお兄ちゃん達とよく近くの川で遊んだ。楽しかった。夢中だった…
こっちにきてからの思い出は結構まだ残ってる。
お父さんはホテルの仕事で時々遊びに行った。お父さん子ってよく言われた。
お母さんは怖かったのか優しかったのか…何にも話さない横顔だけが出てくる。
いつだったか保育園の登園の時に、泣き出して園から逃げ出したことがある。
近くを逃げ回って大きな岩に隠れていた。泣きながら…
数時間後…見つけてくれたのは先生だった。「出ておいで」のひとことでわぁーっと泣き出した。
この頃からあたしのまわりには誰かしら救いの手を差し延べてくれる人がいたのかもしれない。
第1章 私の一番古い記憶
ノンフィクションの物語…
悲しんだり辛かったり、人にはわかってもらえなくても共感してほしい気持ちって誰にでもあるはず
人生をどうにか頑張ってもらいたいと思って誰にあてたわけでもないこれを読むあなたに伝えていきます
1988年2月に長女として生まれた。お父さんにとって初めての女の子きっと嬉しかっただろう…
おばあちゃん家の近くの団地に住んでいた。4歳頃公園で網のジャングルジムみたいなので遊んでいた気がする。そこにはお母さんがいたのも何となく覚えている。
きっとこれが1番古い記憶
まだ幸福だったはずだ!
悲しんだり辛かったり、人にはわかってもらえなくても共感してほしい気持ちって誰にでもあるはず

人生をどうにか頑張ってもらいたいと思って誰にあてたわけでもないこれを読むあなたに伝えていきます

1988年2月に長女として生まれた。お父さんにとって初めての女の子きっと嬉しかっただろう…
おばあちゃん家の近くの団地に住んでいた。4歳頃公園で網のジャングルジムみたいなので遊んでいた気がする。そこにはお母さんがいたのも何となく覚えている。
きっとこれが1番古い記憶
まだ幸福だったはずだ!
第1章 私の一番古い記憶
ノンフィクションの物語…
悲しんだり辛かったり、人にはわかってもらえなくても共感してほしい気持ちって誰にでもあるはず
人生をどうにか頑張ってもらいたいと思って誰にあてたわけでもないこれを読むあなたに伝えていきます
1988年2月に長女として生まれた。お父さんにとって初めての女の子きっと嬉しかっただろう…
おばあちゃん家の近くの団地に住んでいた。4歳頃公園で網のジャングルジムみたいなので遊んでいた気がする。そこにはお母さんがいたのも何となく覚えている。
きっとこれが1番古い記憶
まだ幸福だったはずだ!
悲しんだり辛かったり、人にはわかってもらえなくても共感してほしい気持ちって誰にでもあるはず

人生をどうにか頑張ってもらいたいと思って誰にあてたわけでもないこれを読むあなたに伝えていきます

1988年2月に長女として生まれた。お父さんにとって初めての女の子きっと嬉しかっただろう…
おばあちゃん家の近くの団地に住んでいた。4歳頃公園で網のジャングルジムみたいなので遊んでいた気がする。そこにはお母さんがいたのも何となく覚えている。
きっとこれが1番古い記憶
まだ幸福だったはずだ!